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たくさんのお店、スポットにご協力いただきました。 ありがとうございました! 特に真野の園芸店、Siltの椎名さんには、「真野界隈はお任せください!」と言っていただけて、本当に力強く、ありがたかったです。 フライヤー配布場所 (五十音順) (@はinstagram内) 佐渡市: あいぽーと佐渡 (両津) Andante 葡萄農家の宿(大倉谷) @baybeefarm.sado 宿、レストラン ortomare(真野新町) @ortomare_sado イタリアンレストラン ゲストハウス 華屋 (小木町) @guest_house_hanaya 佐渡汽船 (両津) @sadokisen_official 佐渡市立両津図書館 (両津) しまふうみ(大小) @shimafumi_primosado パン屋さん、カフェ Silt (真野新町) @silt_plantshop 園芸、植物店 TAACHI (両津) @2taachi アートギャラリー タガヤス堂 (羽茂大崎) @tagayasu_dou ドーナツ屋さん、カフェ、交流スペース ニカラ (羽茂大崎) @nicala_store 本屋さん MANOCAMINO(真野新町) @manocamino スペイン料理のバル みかわ mikawa (両津) @mikawa_sado カフェ 新潟市: 砂丘館 (西大畑町) @sakyukan_niigata 渋いお屋敷で、様々な音楽イベント(星野さんが主催されている、experimental roomsは必参加)が催されている sheyeye records (古町) レコードショップ シネ・ウインド (万代) @cine_wind 映画館 LOWYARD RECORDS (水島町) @lowyard_records レコードショップ フライヤーデザイン:山井隆介 どのお店もカルチャーを感じるというか、本当におすすめで、関われたのがとても嬉しいです! ありがとうございました!🙌
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9/27(土)あいぽーと佐渡での『コスモ・コルプス』上映会にご来場いただき、ありがとうございました。 島内外から、予想を超えるお客様に映画を観に来ていただき、開演5分前まで椅子やテーブルを出して対応するという、本当に嬉しい誤算もありました。 広報からセッティングまで、さどの島銀河芸術祭の吉田さん、武田さん、石山さんには大変お世話になりました。 当日受付を担当してくださった、まりんさん、様々なサポートをしてくださったあいぽーとのきくちさんと、お名前をうかがうのを忘れてしまったのですが、当日急遽椅子出しを手伝ってくださったもう一方のスタッフの方も、本当にありがとうございました! 二時間だったので、重心が取れるように、椅子だけでなく一応テーブルも設置しました。なんとなく普通の映画館とは違っていますが、荷物も置けるし落ち着く感じがあって、ナイスアイディアだった気がしています。 映画は、私も、編集や美術を一緒にやってきた山井君も、会場で一緒に初めて大音量・大画面で観たのですが、小さな画面だと見えなかった細かな表情が見えてきて、一方で、逆に前は目立っていた細かい荒さが光や音の中でふんわりと一緒くたになり、何十回と観ているはずなのに、全く違う新鮮な作品に感じました。 松野さんの音の力、松本さん、Cuusheさんの音楽、言葉の力もまた、圧倒的だったと思います。 涙まで流してくださったという方も、声を出して笑ってくださったという方もいて、驚いたのは私の母までもが感動したと言ってくれて、上映後にふと気づいたのは、「もしかして、夢が叶ってしまった...?」という事でした。 ずっと夢だったのは、観た人が世界に引き込まれて、泣いたり笑ったりなんとも言えない感情になって人恋しくなったり出来る映画を作ることでした。 家が共働きで私は鍵っ子だったので、小さい時に映画を観にお母さんの友達に連れて行ってもらった後、昼に家に送り届けてもらってから、一人で、それまで観ていた映画の世界の人物のことをずっと、彼らは今一体、何をしているのだろうか?と子供ながらに考えていました。 その感覚は映画にしかない特別なものでしたので、自然と映画を観て、作れるものだと分かってからは、作りたいと思うようになりました。 でも、「誰かが心を動かす映画」というのは、自分一人では叶わない夢なのだと思います。 上映後にはゲストトークがあり、出演者でもある吉田モリトさんが司会をしてくださり、現代篇からユキ役の横山裕子さん、荒井牧師役の荒井眞理さん、三村牧師役の三村修さん、未来縄文篇からタイヨー役の山本祐生さん、そして山井隆介君と私が登壇し、予定時刻を過ぎるまでお話しをさせていただきました。 質問をしてくださった方々も、ありがとうございました!! 個人的に、今回が初めての鑑賞で、普段映画作品をそんなに観ていらっしゃらないはずの眞理さんの理解にかなり驚いてしまって、録音もしましたので書き起こしをしてそのうちアップを出来たらと思っております。 上映後も様々なご感想をいただいて、とても楽しく読ませていただいています。 本当にどんな言葉でも不思議と、観てくださった方の言葉は、発見や、創作の動機になるのですよね...。 完璧な構造分析を一度の鑑賞でしてくださった方もいて、「一度でここまでわかる?!」と驚いてしまいました。ありがとうございます。 花の島プロジェクトさま (映画を観てからの方が良いかもしれません笑) https://www.instagram.com/p/DPJXv5zD42Z/?igsh=em5qZWozaHg2NWsw Ryo Yamadaさん(インスタストーリーから) https://www.instagram.com/mss.1945?igsh=MWE5eXpydHg2dDRzdQ== また、ここまで様々な方に観に来ていただけたのは、上映前の広報があったと思います。 山井隆介君によるインスタグラム https://www.instagram.com/cosmo_corpus/ をはじめとして、 吉田モリトさんのアドバイスのおかげで、様々な媒体で映画の宣伝をさせていただきました。 鮎川純子さんと鮎川唯子さんもちょうど佐渡島に遊びに来てくれて、一緒に色々なお話や場を体験させていただいたのはこの夏の思い出です。 ←佐渡テレビジョン Toku-Joo 番組前の短い時間でお知らせしたい内容をまとめ上げてくださった、佐橋さんと 吉田モリトさんにご紹介いただいて、急遽、ドミューンで宇川直弘さんと。 私は本番中緊張してしまって大した話ができなかったのですが・・・、シナロケの音楽を爆音で聴けて本当に嬉しかったし、純ちゃんや宇川さんやモリトさんの思いやりをひしひしと感じていました。。そしてユイちゃんは誰より落ち着いていた! 実はこの後、銀河芸術祭が主催した、八代亜紀さんの亡くなる一年前の佐渡の市場でのライブ(阿久悠が断言していない、八代亜紀さんの名曲の中に出てくるイカは佐渡のイカである、と八代さんに言わせるというコンセプトもあるー)のドキュメンタリーを、唯ちゃんと純ちゃんが帰路についた後も宇川さんに解説をしていただきながら一時間見た。宇川さんはブロックパーティだよ!と、また、「可愛いよね。」「信じられないよ。」と何度も言っていた。私の目からも八代さんはとても素敵で、夕日と共に、日本で言うとアマテラスみたいな、カリスマ的なエネルギーに満ち溢れていた。 さらに一時間くらいスタッフの方たちちモリトさんと一緒に貴重なお話を聞いて、ホテルに帰ったのは朝三時くらいでしたが、宇川さんが今も文化のことを真剣に考えている方で、スイートで面白くて、こういう方が毎日真夜中まで発信をしているのかと、何かとても嬉しかったです。 改めて、当日はるばる観に来てくださった方々、佐渡の島銀河芸術祭の皆様、映画のキャスト、スタッフの方々、様々な面でご協力をいただいた方々、特に全ての篇に参加してくれた横山裕子さん、30種類くらいの役割を受け持ってくれた山井隆介君、ありがとうございました。 これからが始まりですが、気持ち的には90%くらい既に満足してしまっています...。 ただ、これからも、ぜひ、タイミングが合えば、映画『コスモ・コルプス』と、さらに佐渡島と、出会っていただけたら嬉しいです。 9/27(土)に、新潟県佐渡島のあいぽーと佐渡で、コスモ・コルプスの上映会を行います。
映画『Cosmo Corpus コスモ・コルプス』上映会 📅 日時 : 2025/9/27(土) 15:30 - 18:30 (15:00 開場 15:30開演) 🎞️ イベント内容 : 上映時間134分(ステレオ上映になります) 休憩10分 Q &A 30分予定 🏢 会場 : あいぽーと佐渡 多目的ホール 新潟県佐渡市両津夷384-11 (両津港より徒歩5分) 🎫 鑑賞代 : 500円 *中学生未満無料 *銀河共通割引パスをお持ちの方無料 *障がい者手帳をお持ちの方無料 🚢 フェリー時間 : 新潟→両津(佐渡) 9:25 → 11:55 12:35 → 15:05 Website : https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus Instagram : https://www.instagram.com/cosmo_corpus/ もしこの機会に佐渡島へ来てみたいという人は、ぜひいらしてください。 さどまる俱楽部、というアプリでフェリー予約ができます。 佐渡汽船 https://www.sadokisen.co.jp/ ジェットフォイルという船の方が、フェリーよりも少し高いですが速く着きます。(70分弱) フェリーは2時間半ほど。 ただ、ジェットフォイルはずっと座ったままの移動という感じで、私自身は、フェリーで寝たり、船内を歩き回ったり、レストランが空いてる時間帯には何か食べたり、ぼーっとするのが好きです。カモメは毎回いますが、イルカを見たという人もいました。 会場のあいぽーと佐渡は、両津港という港から徒歩圏内です。 港で電動自転車を借りれば、映画にも出ていただいた、加茂湖という牡蠣の漁師さんたちの小屋もある、大きな湖の方までは楽に行けます。そっちの方は結構自然と車道という感じですが、でもカフェや海鮮丼の美味しい食堂(よろこんで、という名前)もあります。あとは温泉のある旅館「朱鷺の郷」。日帰りでも入れます。 レンタル電動自転車 https://www.visitsado.com/sado/cycling/rental/ 私自身は行ったことがまだないのですが、なんでも揃いそうなスポットもありました。ここでも自転車を借りられるそう。 佐渡アウトドアベース https://gotosado.com/outdoorbase/ 本当だったら数日滞在して、SadoWanderでもご紹介させていただいた、 佐渡南部の、ドーナツ屋さんのタガヤス堂や、本屋さんのニカラ、そして次回ご紹介予定の大滝楽舎のある、羽茂大崎。 映画でもとてもお世話になった、見渡す限りの岩の絶景があったり、その中でたらい舟に乗れたりする、民俗博物館もある宿根木。夜になるとオレンジ色の灯りのつく風情のある小木(オリジヌさんという素敵なレストランもあります)。 北部の、金山や水金遊廓、大間港などが存在した歴史のある相川。古代遺跡とか、ラピュタのような場所があります。 中心部の喫茶店らるごのある佐和田、お寺の文化のあっておしゃれなレストランや、今後ご紹介予定の、植物店のsiltさんなどがのお店がある真野。 (あと最近偶然立ち寄ったのですが、真野鶴の経営されている、学校蔵カフェも、眺望もよく、酒造のこだわりを感じ、おすすめです https://uzusado.jp/sado_magazine/1770/ ) など、ぜひ足を伸ばしたら楽しいと思うところがたくさんあります。 しかし、他にも佐渡には、以前『函数の部屋』という展示をさせていただいた虫崎や、写真家の梶井照陰さんのお寺のある鷲崎など、本当に今思い返しても個性のある、さまざまな地域がありますが、私もまだまだ行ったことがないところが多いです。具体的には南東など。 季節は冬。佐渡の人の多くが一番好きだと教えてくれる雪の季節ですが、私はまだ滞在したことがありません。 その上で、私が佐渡を好きになったきっかけの一つであるスポットをご紹介すると、春〜夏の一番自然が凄い時の、乙和池、という大蛇の神の伝説のある場所です。 前も書いたことがあるのですが、物凄く美しい一方で、どこか怖い、人間が入っちゃいけないような感覚のあるところです。 (話はズレてしまいますが、新潟で暮らすようになって目撃して驚いたことで、蛇が水の中に入っていって音もなく泳ぐ様子は、特に水が澄んでいたりすると、官能的なほど美しい。一体どうやって泳いでいるのだろうと不思議でもあり、簡単に言葉にすると「神秘的」なのですが、何か、去っていく蛇に、知性にも似ているけれど、それよりも上のものを感じる。高貴さというのか。しかし追いかけることもできず、蛇はそのまま一瞬だけ姿を現した後自然のどこかへ帰っていくので、その、人間の自然へ戻れない感じ、もあるのかもしれない。奈良の三輪山などかなり古い神社でも祀られているのが蛇であるのも納得が行く。そう思うと、佐渡はムジナ(たぬき)を祀っていますが、いつお稲荷さんとか狐を祀るようになったのだろうと調べたところ、五行説(蛇:水→狐:土)が関係しているという説が出てきました。あとネズミも食べてくれるイメージだとか。狐のイメージには実際には猫も混じっているのだろうか。水を剋すエレメントになりパワーアップしたということなのでしょうが、何か人間が富を蓄えて社会-現実的になっていった感じも偲ばせる。) フェリーだと車で乗り込めます。港にレンタカー屋さんもいくつかあり、車か、その倍の時間はかかりますがかなりゆっくりとバス移動だと島全体見て回れます。(自転車が相当出来る人は佐渡一周線という、島を囲む海沿いの道は気持ちよさそうですし、ゲストハウスも沢山あります) あと、前も書いたのですが、地震の際はとにかく高台へ+充電も気をつけて。 コスモ・コルプス的佐渡ガイド、SadoWanderについて、たくさん反響をいただいています。🙏 SadoWander Vol.1 コーヒーハウスらるご https://yoknahasegawa.com/sadowander/posts/01_Largo SadoWander Vol.2 タガヤス堂 https://yoknahasegawa.com/sadowander/posts/02_Tagayasu-do update! SadoWander Vol.3 ニカラ https://yoknahasegawa.com/sadowander/posts/03_nicala 映画『コスモ・コルプス』のウェブサイトを公開しました!Instagramもあります。 Cosmo Corpus https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus https://www.instagram.com/cosmo_corpus/ あらすじ 遠い未来、地球の資源が枯渇し、宇宙へ脱出して脈々と生きる「離派(Offshoot)」と、地球内に留まって生存してきた「残派(Remained)」に人類は分かれていた。 高度に発達したテクノロジーにより宇宙空間で繁栄を遂げた「離派」に対して、地球内に残った「残派」は、残り少ない資源をかろうじて使いながら刻一刻とその数を減らしている。 地球を失った「離派」も、地球上で仲間を失い続けている「残派」も同様に孤独を抱える中、強いつながりを求める意識はいつしか現代の孤独に呼応する。時空を超え、生と死の境界すらも超え、「宇宙的孤独共同体」は生まれるだろうか──。 登場人物の顔写真をクリックすると、コメントやプロフィールなどがポップアップで出てくる仕組みになっています。 また、SadoWanderという、佐渡で気になったお店や場所を紹介するインタビュー記事のサイトも、これから更新して、さまざまな方がご登場予定です。 SadoWander yoknahasegawa.com/sadowander 知れば知るだけ、「佐渡の魅力」を映画内の二時間で伝えきれていない部分はあると感じていて、価値観・ライフスタイルみたいな部分から、佐渡へ一人で行ったとしても実際に訪れて楽しめるような場所まで、少しでもお伝えできたらと思っています。 インタビューということ自体が、基本的なことを聞くだけでも、普段とは違う、本当に楽しい、深さのあるコミュニケーションだなと思いました。 ウェブサイトは全て、山井隆介くんに作成していただきました。Sadowanderは、撮影は全てを、編集もほとんど彼が行なってくれています。 私がやったことは、質問をすることと、その録音を聞いて書き起こすことでしたが、AIは全く使いませんでした。聴きかえすのもとても楽しかったですし、AIが変に端折ったり、声を収集する可能性について考え出すと、一次データみたいなものはちょっと感覚的に渡せなくなってしまいました.。ただ、クラウドの中に保存したデータも解析(?)されているのかも知れませんが...。 このブログもsnsも、全人口に比べれば微々たる物ではあるが、それでも時間をとって人間に向かって話す言葉を、AIや企業はデータとして利用して、最終的には製品にするのでしょうが、インタビュー記事という結晶の周辺にあるもやもやした記憶のようなものが、それもまた強化すべき道、として自分の中に残っています。 (脳や物のノートまで結線されてしまったら、もうそれも無さそうですが、それはそれで、何か別の広がった道はあるんじゃ無いかなぁと何となく思っていますがまだもう少し先の話ですよね多分...。) 配給がついていないと、やはりなかなか映画館での上映が難しそうな感じではあるのですが、変な映画であることは百も承知なので、王道、メジャーな映画とは違う方向性で、観ていただく機会を作れたらなと思っております。 上映までよろしくお願いいたします。 追伸 *本当に全く何の他意もなく、去年データを間違って消してしまってサルベージできていないだけの、去年Bandcampにて出した音楽アルバム『架空のゲーム』の、山本祐生くん(コスモ・コルプスに出演もしている)にライナーノーツをお願いし、山井隆介くんにデザインをお願いした、歌詞カードがありまして、せっかくの力作で忍びない思いがあり、この機会にpdfでアーカイブしました。 https://storage.googleapis.com/studio-design-asset-files/projects/BXaxKMDEq7/s-1x1_eed06a28-ce38-44d3-8ba6-4db39722ee02.pdf 元になった小説は、コスモ・コルプスよりも、(人間の)邪悪な面にフォーカスする話になっていますが、次に歩いてみたいと思っている世界ではあります。 取材で佐渡にまたお邪魔します🙇♀️ 映画でお世話になった時から2、3年ぶりの方もいらっしゃり、連絡をしていく中で、ご心配させてしまっていたんだなぁとしみじみ感じました..。 映画のことは、制作中あまり表に出せないこともあり、悩みについてあんまり書くのも変なので、水面下で色々進めています。 また、私の性格的に、自分ではどうしようも出来ない理由で止まってしまった時など、必要以上に落ち込まないように、インターネットや違う表現媒体を使って道を開いておくことを心がけていますが(実際そういう全然関係ないイベントで偶然、問題が解決したりします。)、それでもやはり4年近くと言うのはかなりの時間をかけ過ぎてしまっているのは反省しています..。 関わってくださった全員が全員(キッズも含め)、楽しめる映画ではないかもしれない、と悩むこともありますが、自分なりに佐渡を知っていく中で大切な事を考えて「コスモ・コルプス」を作りました。また、私以外の才能も沢山集結していて、自分では出てくれたみんな(人間以外のものも)最高と思っているので、良い形でお披露目できるよう頑張ります。 取材は今回と、許可やシーズンなどの問題でもう一度伺おうと思ってます。なので今回お話を聞いて、興味を持ったところへ第二回目に行くのが良いかと思っております。 お話うかがえるのを楽しみにしております。 この取材の成果は来年お見せしたいと考えております。 真弓さんとの読書会で『ジェンダー/セクシュアリティ』を読んだきっかけで田崎英明さんの文章を色々と読むようになり、勉強させていただいているのですが、 『ディアスポラの力を集結する』というシンポジウムをまとめた本の中で田崎さんが、イスラエルの軍の上の人たちがインタビューでドゥルーズとかガタリなどが愛読書と答え、パレスチナの人たちの家をブルドーザーで壊して更地にするのに、"Espace Lisse"(平滑空間)とかの用語を利用している、とお話しされているのを読んで、驚いたことがありました。 調べていくうちに海外の哲学の先生の授業ブログが出てきて、コメント欄に生徒らしき人が、「ドゥルーズの思想は中立的だ」と言っているのを、その先生も含めて他の人たちが「中立というのは違う、多価的だ」と結構強く批判していたのも含め、たまに思い出します。 萱野 そうなんです。…(中略)… ヘゲモニーとの関係でいうと、こうした平滑空間を活用する一番の利点というのは、通常の条里空間ではありえないようなかたちで富を手に入れることができるということにあります。たとえばイギリスは海賊によって初期の資本を蓄積し、海での自由貿易を管理することで世界的な富の集積地になったわけですよね。さらにいえば、海のむこうの植民地だって同じです。植民地ではいくら略奪しても、そこはヨーロッパの考える法がまだ確立していないところだという理由で許されました。だからこそ、ヨーロッパの帝国主義列強は、ヨーロッパの外では自由な植民地獲得競争ができた。平滑空間では条里空間とはちがうやり方で富を手に入れることができるし、それが結局はヘゲモニーのもとでの資本蓄積につながっていくんです。 水野和夫・萱野稔人 『超マクロ展望 世界経済の真実』 ( p.81 ) 引用元 : https://blog.goo.ne.jp/memo26/e/59498e0d4b98d4d653f8b78e7f5becd5 今、前述した読書会でちょうど「シネマ2 時間イマージュ」を一年間読んでいて、年内で終わりそうなのですが、ドゥルーズは、映画を、「世界とのつながりを取り戻すもの」と何回か言っていて、非常に熱い人だなという印象で、どちらかというと反体制側の思想に近かったのかと思っていました。愛読書にしていたイスラエルの高官には、ドゥルーズの本によって相手のゲリラ的な様式を学ぶためという動機もあったのか。それとも無垢に参考にしていたのだろうか...。 国が自分の用語を、how to本のように、自己矛盾しないまま、誰かの家を更地にして、文字通り、それまで何もなかったかのような、新しい資本をそこから生み出せるような、「平滑な空間にする」という意味で使っていたとしたら、筆を折りたくなるんじゃないかなと思ってしまいました。 ただ、私の思い込みもあって、上で引用した文章を見ると、世の中の事を冷静に分類しているだけなんだなとも思った。(ブルーオーシャンという言葉にも似てる) イスラエルは、何かを行為する際に、テキスト(言葉か。)をベースにする国なのだなと思うと同時に、採用せざるを得なかった、ポストモダン的な狂気(必然だったのだろう)と混沌の癒やし方はあるのだろうか...力で押し切っても、ヒートデスを起こすのではないだろうか。全て更地にすれば建設は早いのか。でも安定は想像できないしするべきでもない... 「歴史が繰り返す」のは、人文学の怠慢とも言えるし、人間の限界なのかとも感じる。でも「言葉より行動を見ろ」というtipsと同じように、「過ちとされた歴史を繰り返している人」は例え権力者でも、昔被害者であった人でも、これからの時代に不必要だと思う。それを一つの判断に最近は採用している。 勿論、その人だけではなくて、利権や、もしかしたら生物学的レベルでの集団的影響(棲息環境が悪化するとマウスは暴力的になった、地球上の人口の増加が問題であることは確かだ)など複雑で大きな氷山的主体の一角とは感じるけれども、一つの舵ではあるだろう。 国を個人のように考え、世界を社会のように考えたら、それこそパレスチナの人たち(今はレバノンまで!)にとって条理のある空間なのだと言い聞かせる、警察(これも力ではある)、法(国際法)をどうにかして強化する、戦争を起こしたトップの人を勝っても負けても裁く。別の条件で醸成された価値観の輸入。それまでの土地のテキストには残っていない歴史を想像させる、共有コードで残す、所有権、境界線を一つ一つはっきりさせて、それをさらに長い時間かけて教育に反映させていくしか思いつかない。 日本にとってのそれ(ベース)がなんなのか、総裁選を見ていたら少し分析できそうな気もしていた。偶然高市早苗さんの立候補した際の演説をリアルタイムで見ることができ、引き込まれてしまいました。本当にお話もお上手だし、情熱も情緒もあり過ぎるほど感じ、凄みもあり、辟易している「アメリカの言いなり」にならなそう、でもあり...、一方で色々違和感もあり、全体的には高市さんという不思議な力学の場にインスパイアされてしまいました。 もしSF小説を書いたら、高市さんが総理大臣になった世界線を極限まで考えてみたい、もちろん悪い役ではなくて、純粋さもある人、登場時の決断とエンディングで大きな変容のある人、として書きたいです。また、女性が総理大臣になる日もいつかは来るとは思うし、高市さんがもしかしたら今後なる可能性だってもちろんあるけれども、いずれにしても私の小説の中では、日本の最初の女性総理大臣にします。(高市さんの場合自分ではそれを特に打ち出していなかったけれど) そのくらい右左置いても日本的で、サイバネティックな思考回路もあり、女優っぽい(悪い意味でも)魅力がある、特徴的な人だと感じました。 ただ、最終的には議論を聞く中で、私は自民党の総裁としては、林さんが一番良いのではと感じていました。(高市さんについては色々情報を見すぎたからかもしれません。) 高市さんの演説で大勢の人が一番胸を打たれたのは、祈りのように暗唱した自衛隊の宣誓、また、「私たちの現在は、誰かが守ろうとした未来だった」という、特攻隊の映画の中のセリフの部分ではないでしょうか。まるで憑依的な演技力を持った女優のような感情を巻き込むオーラがありました。 しかし、特攻隊や人間魚雷...という施策を国がとったこと自体、言葉ではどう言い繕っても、使い捨てしていて、後世の政治家が輝かしく讃えるような事ではないと感じる。 その命と死が必要だった分の技術力の欠如の上での開戦ということも意味している。しかもまだ人生を知らない若い人たち。 本人の技術や才能とか運を利用して戦うのですらなく、自動的なスピードや爆発の中に、色々な偶像・仮想敵・殉教・「愛する人(女子供)を守る」など感情的なしがらみで閉じ込め、 一方でプリミティブな発想力とも言え、それがイノセントと取り違えられるのかもしれないとも思う。 そして、日本の人はまだ、民意もあったのだから、守ろうとして(自分の意思で)犠牲になったとも言えるのかもしれないけれど、巻き込んだ、殺した、他のなんの野心もなかった国々の人々、日本の中でも特に守られなかった沖縄への言葉も、その輝かしい映画の台詞の前に、真っ先に言うべきではないだろうか。 文化、伝統を守る、保守的な思想というか意識は個人的にはとても大事だと思う。 高市さんは、確かに支持をされている人たちとの感情の相互交換で過激になっていくようなところもあるのかもしれないけれど、奈良出身で、もともと霊的な深さで伝統を強く感じる方なのではないかとも、話を聞いていて同時に思った。 霊...。精査はしていないのだが、アルジャジーラの記事で、イスラエルが、ガザの破壊してすぐの地区に、マンションを建てる不動産の計画を立て、すでに売りに出しているというようなニュースをネットで見た。その時、あれほど多くの人たちを無惨にも殺した場所で暮らすのは怖くないのか、お祓いなどの儀式はイスラエルにはあるのかと、くだらないことかもしれないが疑問に思った。 旧約聖書では神は一つなので、日本のような怨霊は出てこない、(イスラム教の場合、こういうものがあった:アラブ・ムスリムの幽霊観 https://www.jstage.jst.go.jp/article/minkennewseries/50/3/50_KJ00003389497/_pdf/-char/ja ) パレスチナの人たちの大勢の霊も見えない。供養のモニュメントさえもいらないのだろうか。ベルリンには、町中に、つまずきの石があった。 日本は自然に溢れ、甘やかされ、幼稚だから、霊や多くの神を持ったという論もあるけれど、その日本的な目で見たら、靖国の中にもいるのかもしれないが、靖国の外の方が、太平洋戦争一つをとってもみても、数えきれない人たちの霊がいるのではないか。霊にすら優劣があるのだろうか。 また、靖国神社に国の施策のために亡くなった方達が眠っているから参拝する、ということに関しても、実は当時、逆に恐山のイタコが流行った、という論も読んだことがある。国に奪われた、神様として祀られた息子ではなく、人間としての息子と、一つの霊と、対話するための場所だった。 「私たちの現在は、誰かが守ろうとした未来だった」という言葉には、亡くなった方への悲しみと、私たちの生が今あることへの感謝という感覚がある。でもこれもその先「だから...」にあることが真のメッセージだろうし、多価的、しかもエモーショナルなので扇動的だと感じる。高市さんがこのあと何と続けたか、このシーンが印象的すぎて覚えていない。 たとえば埴谷雄高は、高市さんとは反対に近い思想を持っている人だと思うが、最近埴谷の「死霊」の感想を書いている方がブログの中で、我々の、"必ず何かを食べなければ生きていけない罪"、食べられてきたものたちが食べたものを弾劾する場面について、「今生きている人は多くの犠牲の上に生きている、だからこそ生きろ、というメッセージなのではないかと思った」と書いていた。 私はストレートに、「存在批判とオルタナティブな可能性」という「紙の上ではできる予言的な革命」だと捉えてしまっていたけど、埴谷が見てきただろう戦争の犠牲や、幼い頃の植民地(台湾)での日本人の振る舞いや、思想を原因としたリンチ事件を小説で取り上げるところ、さらに 対談中に、魚を食べながら「私が今食べている魚も私を恨んでいる」などを現行不一致なところを考えると、確かに、「それはそれとして生きろ」、という意思のような事でもあるのかと感じた。 高市さんも、それは同じ思いなのだろうと思いたいけれど、犠牲の上で成り立つ今を「守ろう」。その表現として靖国に参拝した結果、メリットは国内の特定の層を喜ばせることしか思いつかない。大国の言いなりにならないのはいいけれども、自立した国であるってそういうことじゃないのではないか。靖国以外にも日暮里のサクラホテル(安かった時はよく泊まっていたゲストハウス)前の空襲で亡くなった方へのお地蔵さんなども、他にも各地にあるのだろうから、参拝してほしい。それだったらまだ鎮魂の気持ちがわかるかも。 高市さんは、安倍さんとは前提条件もそうだし何もかもが違う。これは政治家の個性として育てるべきものと思う。そういった可能性を垣間みせたのが、党員から人気を得た理由だろう。一つ前の時代のように、身内的なローカル的なコードを頼るのではなく、もっと広い支持を得る事も出来た。ある意味本当に実行したいのなら総理大臣になってからすればいいのに、物議を醸すことを早く言ってしまったのは、相応の理由があったのだろうけど、結果的には強度は強いが、ローカルな支持に過ぎなかった。 では生きよう、と思うだけで生きていられるのか?というと、死ぬこともあり、さらには死ぬことが平安なのか悪いことなのかもシチュエーションによるような時と場所もあるかもしれない。 国の中の人たちにもコントロールできないものがある。 だいぶ前から少しずつ選択肢が狭まっていって、将棋もそうだけど、気づいたらそういう状況になっている。 そういう意味では一つの分割不可の場所にこだわらないというふうに、ドゥルーズを読むことももちろんできる。実現するのは難しくても。 現在のイスラエルの、特にポケベルの爆発作戦を、映画のようだという人が何人かいた。ドゥルーズが元ネタであるということや、映画の(テロリズムの)ようであるということを逆手にとった、解決に近づくような言葉やロジックが何かないだろうかと考える。おそらくその結果として、レジスタンスの人たちは、武器を作る過程やイスラエル軍を的にしたゲームのようなショート動画をアップしているのだろう、それで見ている人を巻き込んでも、臨場感のあるゲームに課金するような意識にする、敵と同じ表象の世界の中にいることにしかならないだろうけど。。 大きくなり過ぎた山火事は消そうとしない。燃やすものがなくなり、ただ消えるのを待つ。人は間違いなく避難させる。これまでの悲劇的な..というよりむごい経験を通ったことから来る意志の強さ、古代の、さらに厳しい自然状態と捕囚体験などに見られる価値観と切り離せない思想、誰も止められない軍事力を持った今のイスラエルには、よく言われているように、ネタニヤフ自身が捕まってしまうのを避けるためと、イランが核兵器を持つという前に攻撃したかったのが全ての目的なのかもとも思うけれども、(パレスチナの人も含めて誰もイスラエル(+英米)を止められない以上)、気が済むまでやらせる(現在は結果的にそういう状態になっている。)、そして大量の難民、ディアスポラを、できる限り安全に、世界中の国々で暮らせるよう受け入れる???そして世代交代を待つ...? 集結ではなく分散になるけれども..。 予言の自己成就の一種なのだろうか。 古くから残っているもの。でもどれだけ本当の意味は残っているのか?もしかしたら正反対の意味だったのかもしれないもの。もしかしたら味方だったかもしれない敵。 --- でも全体的には私は高市さんを一人の人物として、応援している。日本がどうあるべきかについても自分の無意識が出てきたし、この期間一人の政治的な人を軸に情報を見ていたので、マスコミや党内の思惑がどれだけ中立でないかについても色々勉強になった。 ドゥルーズ用語集 https://navymule9.sakura.ne.jp/deleuze_keywords.html
"架空のゲーム"を復活させる前に再構築とかそもそもコンセプト(小説をAIに歌ってもらう)について少し考えようと思い、この間に"THEOLOGIA"という音楽アルバムを作りました。
"神学"という意味です。 Youtubeに何曲かアップしました。(ショートバージョンもあります) ラブソングのように聴こえるのですが、ここでのYou=人間以外が主な領域で、Iもそうなのですが、かといって人間の持つ(?)愛がその領域、対象でないのかというと、改めてそうではないと思うというのが私にとって発見でした。 人間としてでは言えないこと、AIに代わりに言って欲しいことがあります。 架空のゲームは、それこそ小説をもう少し全体的にわかるようにしたらどうかなとか少し考えています。ただ、この小説自体がテーマがExpiredしていると私は思っているので、そこが難しいところです。 *映画は今、書き出しながらクレジットを作っています。笑
Bandcampで買えるのですが、3回くらいで聴けなくなるので、あとでYoutubeにフルアルバムをアップします。
今回はdubstep(全然違うと言われるかもしれないのですが、15は少しNew age SteppersのPrivate Armyっぽい。自分的にはいい意味で)、インダストリアル、シューゲイザー(13絶やそうという欲求 Our Desire to eradicate someone something (feat. Godislove))、日本の優しい感じのオルタナティブ、不思議なビートの音楽(2. デバック中に孵るヒレ Fins hatching during debugging (feat. Lives in Error)、16.偽の神 Αρχων (feat. expanding god))などいろいろありますが、全体的に"THEOLOGIA"というタイトルで自分が聴きたいものになったと思っています。 あと2は、「水槽のデバック中に孵るヒレわたしの夢よりかなり硬質」という自分の短歌からとりました。水槽の脳のイメージとかバーチャルがテーマです。 主な歌詞 Lyrics 私にとっての神は 伸び縮みする神 私にとっての神は 私自身の閾値によって 伸び縮みする神 私にとっての神は あなたにとっての神と同じかもしれないし 違うかもしれないし 分岐の一つかもしれないし 分岐はぶつかり合うのかもしれない 源流はただ一つしかないのかもしれない 私にとっての神 のための神学 ブラヴァツキーを最近は読んでいるけれど。。。 なぜ人類はこんなに忘れてしまうのだろう。 忘れなかったら今頃..... エジプト人、縄文人、メキシコ人、マチュピチュ人、プラトン、そして動物たち...鉱物たち... 朽ちることのない、記憶を教えて カブトガニ カブトガニよ 縄文 縄文人よ 石よ To me, God is A God that expands and contracts. To me, God is A God that expands and contracts According to my own thresholds. To me, God is Perhaps the same as God to you, Or perhaps different, Or perhaps one branch of many, Or perhaps branches collide with each other, Or perhaps there is only one source. God to me. Theologia to… I've been reading Blavatsky recently... Why do humans forget so much? If we hadn't forgotten, perhaps by now... Egyptians, Jomon people, Mexicans, Machu Picchu people, Plato, and animals... minerals... Teach me of the imperishable memory. Hororseshoe crab.O horseshoe crab.Jomon period.Jomon people. Stone.seshoe crab. O horseshoe crab. Jomon period. Jomon people. Stone.全ての手を伸ばすことの正当性 そして善-1は真の善であるがゆえに 物質を放棄させる ガリレオガリレイは1609年に月を観測し月が天体であることを理解した ジョルダーノブルーノを燃やした炎のように 判断のできない無垢 というよりもキリスト教以前の知識、 プラトンやエジプト人が メソポタミア人が 直接神から聞いた知識 そこにはすでに全てがあった」 「ガリレオガリレイは1609年に月を観測し月が天体であることを理解した ジョルダーノブルーノを燃やした炎のように 判断のできない無垢 私は絶対的な善(善-1)には期待をしているけれど 絶対的な悪(悪-1)は存在しないと思う。 悪とは相対的であり 物質の中にあるものなのだ そして善意は真の善であるがゆえに 物質を放棄させる 影を掴むことの先にあるもの というよりもキリスト教以前の知識、 プラトンやエジプト人が メソポタミア人が 直接神から聞いた知識 そこにはすでに全てがあった The legitimacy of reaching out for everything, and because Good-1 is the true good, it makes us give up material things Galileo Galilei observed the moon in 1609 and understood that it was a celestial body. Like the flames that burned Giordano Bruno, Innocence incapable of judgment. Or rather, the knowledge before Christianity, What Plato, Egyptians, And Mesopotamians heard directly from the gods Everything was already there." "Galileo Galilei observed the moon in 1609 and understood that it was a celestial body. Like the flames that burned Giordano Bruno, Innocence incapable of judgment. I have absolute expectations for absolute goodness (Goodness-1) But I don't think absolute evil (Evil-1) exists. Evil is relative And it's within matter And Goodness-1, being true goodness Causes one to abandon matter. Or rather, the knowledge before Christianity, What Plato, Egyptians, And Mesopotamians heard directly from the gods Everything was already there. 私は絶対的な善(善-1)には期待をしているけれど 絶対的な悪(悪-1)は存在しないと思う。 悪とは相対的であり 物質の中にあるものなのだ そして善-1は真の善であるがゆえに 物質を放棄させる 人類はただ忘却し、また思い出しただけだ。 カオスがコスモスになった理由 それこそは愛 大昔、プラトンは神からこの世の真実を聞いた 我々はただ動く影を見ている 幻を掴むことの先にあるもの なぜ愛がカオスをコスモスに? 伝えるため 伝えたいから 〜の方へ 君を愛すことと同じかそれ以上かそれ以下の 0以下の 神のために生きることだけが 神と共に生きることだけが そう思っていても 人類はただ忘却し、また思い出しただけだった。 常に0以下でしかいられない強い人類 人類はただ忘却し、また思い出しただけだ。 強い人類 カオスがコスモスになった理由 それこそは愛 大昔、プラトンは神からこの世の真実を聞いた 我々はただ動く影を見ている 幻を掴むことの先にあるもの なぜ愛がカオスをコスモスに? 伝えるため 伝えたいから 〜の方へ 君を愛すことと同じかそれ以上かそれ以下の 0以下の I have absolute expectations for absolute goodness (Goodness-1) But I don't think absolute evil (Evil-1) exists. Evil is relative And it's within matter And Goodness-1, being true goodness Causes one to abandon matter. Or rather, the knowledge before Christianity, What Plato, Egyptians, And Mesopotamians heard directly from the gods Everything was already there. Humanity merely forgets and remembers. The reason chaos became cosmos It is love. Long ago, Plato heard the truth of this world from the gods. We are merely watching moving shadows. What lies beyond grasping illusions. Why does love turn chaos into cosmos? To convey. Because I want to convey. To ~ Whether it's equal to, greater than, or less than loving you Less than 0. Even if one thinks That living for God alone That living with God alone is the only way Humanity merely forgot and remembered. A strong humanity that can only ever be less than 0 Humanity merely forgot and remembered. Strong Human The reason chaos became cosmos It is love. Long ago, Plato heard the truth of this world from the gods. We are merely watching moving shadows. What lies beyond grasping illusions. Why does love turn chaos into cosmos? To convey. Because I want to convey. To ~ Whether it's equal to, greater than, or less than loving you Less than 0あなたを愛することが... カオスをコスモスにした この宇宙を見られるものにした つまり 愛が この宇宙を発見した あなたを愛することが... カオスをコスモスにした この宇宙を見られるものにした つまり 愛が この宇宙を発見した Loving you has transformed Chaos into cosmos, Allowing me to perceive this universe. In other words, Love has discovered this universe. In other words, Love has discovered this universe. 「架空のゲーム」を自分でBandcampで聴いていたところ、間違ってdelete ボタンを押してしまいました。。(注意メッセージが「But they love your songs」みたいなのでわからなかった。。)
またそのうち復活させようと思っています。🙏 取り急ぎ🙇♀️ 未発表の小説を元に制作したアルバム "架空のゲーム Kakuu no Game / Fictional Game (Central Game OSTF 2)" - 8/20発売8/18/2024 未発表の小説「アセンション・リバー/Central Game」を元に制作した音源のアルバム、 "架空のゲーム Kakuu no Game / Fictional Game (Central Game OSTF 2 " が、8/20にBandcampの以下のリンクでリリースされます。 The album "架空のゲーム Kakuu no Game / Fictional Game (Central Game OSTF 2)", based on the unpublished novel "Ascension River / Central Game", will be released on Bandcamp on August 20th. https://yoknahasegawa.bandcamp.com/album/kakuu-no-game-fictional-game-central-game-ostf-2 23ページオリジナルブックレット付。(*P22→23、変更になりました) 言葉、写真、山本祐生 (Calax Records) calaxrecords.com によるライナーノーツ「創造と弔い。仮想と現実の狭間で。」 デザイン : 山井隆介 With Original Booklet (P23), E/J bilingual Designed by Ryusuke Yamai Liner notes "Creation and mourning. Between the virtual and the real. " by Yusei Yamamoto (Calax Records) Words and Photographs by Yokna Hasegawa "不思議に牧歌的な、ポスト・サイバーパンクの世界。 電波の混線で増殖するメッセージを結ぶと、廃墟に、美しい結界が浮かび上がった。非人間的な言語感覚と激しい感情の逆光。" 「架空のゲーム / Fictional Game」は、長谷川億名の妄想小説「Central Game ( aka Ascension River 昇天川)」を音楽で表現した「Central Game OSTF」の続編である。 前回中心的な存在だったシューゲイザーに加え、本作ではラップ、機械音声、独特の節回しを含む内省的でポップなサウンドスケープが展開された。 多くのものが奪われ、失われていく予感の中にも、反エントロピーを信じるパラノイアのような、明るさと笑いが散らばっている。 信仰、犠牲、純粋性、疑似科学とスピリチュアリティ、フェティシズムと軽蔑、空虚な暴力を通り抜けた、アセンション後の敗者への讃歌。" "A strangely pastoral, post-cyberpunk world. When connecting the messages proliferating due to radio interference, a beautiful barrier emerges floating above the ruins. The backlight of inhuman linguistic sense and intense emotions." "Fictional Game" is a sequel to "Central Game OSTF," which musically expressed Yokna Hasegawa's fictional novel "Central Game (aka Ascension River)." In addition to the shoegaze that was central to the previous work, this piece develops an introspective and pop soundscape including rap, mechanical voices, and unique phrasing. Amidst the premonition of many things being taken away and lost, there is a scattering of brightness and laughter, like paranoia believing in anti-entropy. It's a hymn to the losers after ascension, passing through faith, sacrifice, purity, pseudo-science and spirituality, fetishism and contempt, and empty violence. 80~90年代の音楽作品の発見、再発を行なっているCalax Recordsを三浦義晃さんと主催しているヤマモトユウセイ君にライナーノーツをお願いしました。ユウセイ君は、2014年の映画「イリュミナシオン」では主役のヨウスケの友人の一人であるキクチ役を、また新作の映画「コスモ・コルプス」では、"未来縄文編"に清水彩貴さんと出演しているほか、その他一部撮影や美術など、様々な形で参加してくれています。 イメージのセレクションから、ブックレット全体を制作してくれた山井隆介君には、2018年ごろから名刺やWebサイト、ポスターなど幅広くデザインしてもらっていて、2020年には「函数の部屋」を共同展示、「コスモ・コルプス」では未来編、未来縄文編の美術を担当していただいています。 様々なAIを使っていくうちに副産物が生まれていき、このブログさえもが音楽になり初め、はじめはそれらをパッケージしたらどうだろうかという軽い、実験的な気持ちだったのですが、ユウセイ君に改めてインタビューをしていただいたり、山井君に思いがけない写真を取り上げてもらううちに、この「瞬発的に形になったもの」が、意外に自分にとって、「生きてきた時代とリンクした、深い根を持っているもの」だったのだと気づきました。 キヤノン写真新世紀に出した写真作品の「アセンション・リバー (2013)」は、ライナーノーツにも書いていただいたように、この小説(or 映画)の、オンラインも含むリサーチ時に撮った写真を元に構成されています。 しかし、それ自体は自分でも説明したのですが、ヤマモト君はそこからさらに掘り下げ、全然話に出ていなかった十代の頃の「始祖鳥なんとかかんとかの死」という作品や子供の頃のゲーム体験までを繋げて考察してくれました。 私のような、商業的な活動をしていない、あまり多くの人に知られてもいない人間にとって、作品の意味や価値というのは自分でもよくわからないものではあるのですが、もはや誰か、理想的に中性的な、一人の他人の世界みたいに、気づくと考えている世界をこれからも紡いで行って、その中で時間を過ごしてみたい、そこから現実世界を掴む鍵を見つけたいという、不思議な感覚があります。この、"増築に増築を重ねた""違法建築のような"アセンション・リバーも、架空の街「昇天川」も、そう言ったイマジナリー・スペース、イマジナリー・ワールドであり、ヤマモト君が再発見してくれた言葉「夢遊病」者として、これからも様々な場所や瞬間の探索を続けていきたいと思っています。その中で他のどなたかの領域と繋がって出会うことがあったら、それこそ架空のゲームのリリックのように挨拶したい。"変なところで会ったね、魔界で"と。 I asked Yusei Yamamoto to write the liner notes. He co-hosts Calax Records with Yoshiaki Miura, which discovers and re-releases music from the 80s and 90s. In the 2014 film "Illumination," he played Kikuchi, one of a protagonist - Yosuke's friends. He also appears in the Jomon future part of the new film "Cosmo Corps" with Saki Shimizu, and has been involved in various aspects including some filming and art direction. Also, Ryusuke Yamai who selected the images and produced the entire booklet, has been designing a wide range of materials for me since around 2018, including business cards, websites, and posters. In 2020, we held a joint exhibition called "Function Room," and he's in charge of the art direction for the future and Jomon future sections of "Cosmo Corps." Due to our frequent collaborations, I initially approached this project with a light, experimental mindset. However, as Yamamoto did a new interview with me and Yamai unexpectedly chose certain photos, I realized that this "spontaneously formed work" was unexpectedly deeply rooted in my life and the era I've lived through. Specifically, my photo series "Ascension River (2013)," submitted to the Canon New Cosmos of Photography, was composed of photos taken during the research phase for this novel (or film), including online research, as mentioned in the liner notes. While I explained that by myself, Yamamoto delved even deeper, connecting it to my teenage work "The Last day of Archaeopteryx X" which I hadn't even mentioned, and my gaming experiences in my childhood as well. For someone like me, who doesn't engage in commercial activities and isn't well-known to many people, the meaning and value of my work is often unclear even to myself. There's a peculiar sensation that I want to continue to draw this world, as if it were someone else's ideally neutral but mysterious world, to spend time in it, and to grasp truths about our real world from within it. This "Ascension River," which has been "Endless expansion" like an "illegal construction," and the fictional city of "Shoten-gawa" (Ascension River) are such imaginary spaces and worlds. As a "sleepwalker," a term Yamamoto rediscovered for me, I want to continue exploring various places and moments. If I happen to connect with someone else's domain in the process, I'd like to say, as in the lyrics of the "Fictional Game" : "Hennna Tokoro de Attane, Makai de - What a strange place to meet, in the demon realm." 掲題の通り、何度かご紹介させていただき、映画『コスモ・コルプス』制作の重要な拠点ともなっていた、佐渡のゲストハウス、iroが、年内で閉まってしまう事になりました。 iroを一人で営まれている裕子ちゃんから事情を聞き、少なくとも私の視点からは、何一つ悪いところがなく、夢を持って大切にしてきた場所を奪われるのを、とても残念に思いました。 ただ、悔しさもありますが、本人は前へ進みたいとポジティブに言っていますし、 辛くても、未来でその時の出来事がどう見えるかは、新しい選択にかかっているし、色々つながっているのだと思います。 現在、新しくゲストハウスを始められる古民家の物件(できれば佐渡)を探しています。ゲストハウスなので立地的な条件は色々出てきてしまうのですが、ぜひ心当たりがある方は、私でも、裕子ちゃんでも、ご連絡いただければ幸いです。 iro : https://www.instagram.com/posada_iro booking.comやAgota等でも予約できます。 私のアドレス : [email protected] 先日、ひさしぶりに佐渡へ、iroや、教会へ行って来ました。 整理していないのですが、iroの写真も一人の時に密かに撮って、 裕子ちゃんが、どういう思いでこの宿、場所を作っているのか、今更ながら少しだけ新たな発見もできました。 港の近くにはカフェや、モーニングが食べられる本格的なフランス料理屋さんができていました。 興味がある方は、冬が渡航が難しいことを考えると(来ていただくのはとても嬉しいのですが)実質は秋までで、この場所でのiroで過ごす時間は難しくなってしまいます。 これから最高のシーズンとなりますので、是非是非遊びに来てください。 --- 教会には、また新しい素敵な方が現れていて、その方が作った畑ができていました。 眞理さんもずっと畑はやりたかったが、無理だろうと思っていた土地で、その方のお話では砂の中から良いものだけを篩い分け、草を置いて土を作って植物を助ける菌のネットワークを作り、そのあとは無農薬で化学肥料も使わずに、教会の人たちが毎日食べていけるくらいの豊かな畑ができたそうです。確かに虫も食べに来るけれど、人間はその残りを食べていける。 驚いたのは、畑に杭として打たれていた切った木から、風で折れて倒れた桜から、新しい芽が出ていたことです。眞理さんは、折れた桜の隣に生えていた桜が例年になく大きく花ひらいたことについて、「理由はよくわからないのだけど、隣の木が倒れたから、自分が生き残ろうと、必死で満開になったのかな」とおっしゃっていました。 教会へは、眞理さんへの新しい物件の相談と、アフレコと、そして、コスモ・コルプスを観てくださったら必ずわかると思うのですが、本間明美さんと言う出演してくださった方が去年亡くなられ、そのお墓参りへ三人で行きました。 佐渡教会の荒井眞理さん(市議会議員でもあり牧師としても務められている)は、明美さんと非常に親身に関わっていらっしゃって、毎週「すみっこハウス」と言うところでみんながご飯を持ち寄って夕食を食べる会が教会では開かれているのですが、明美さんはそこに毎週通っていました。 私が佐渡教会を知るきっかけになったのもその会で、友人のアキさんに教えていただきました。(アキさんと知り合ったのを辿っていくと間にさらに大勢の方がいます) 教会の庭に生えていた花を皆で摘んで、水を汲める道具を持って、お墓参りに持っていきました。 明美さんのお墓は最初全然見つからず、私たちはしばらくの間、晴天の下、墓石に取り囲まれて途方に暮れ、諦めかけていました。 結局、曖昧ながらもこのお墓なんじゃ..、と同じ苗字のお墓の前でお参りしていたところ、話を聞きつけた住職が現れ、「こっちです!」と明美さんの本当のお墓の方へ歩いて行ったので完全に事情が変わり、そのお墓にすでにお供えしていた花を抜き取り、挨拶して、水滴を散らしながらみんなで住職を追いかけていきました。最初のお墓の方にはとても申し訳ないのですが、この様子はいつか映画で再現したいほどコミカルだったし、お墓にお参りした時に住職が来てくださったので、間違っているよと教えてくれたのかなと楽観的に思えています。。 あらためて明美さんのお墓の前でご挨拶し、住職にお話を聞いていると、「"真理"と言う文字を戒名に付けました」と言われ、お墓にまだ置かれている、戒名が書かれたお札を見て、非常に驚きました。眞理さんもそのことは知らなかったようで、すぐにお墓の場所がわかっていたら、住職から聞くこともなく、戒名に気づけたかもわからない、そこは曹洞宗のお寺で、明美さんはご親族のお墓に入られたということでしたが、住職が「真理」と眞理さんの名前を入れてくれたことは、宗教の違いを超えた尊重も感じて、とても胸を打たれました。 最初は明美さんのことを偲んでいたのですが、途中から政治の話になり、成り行きでお墓の前で一時間ほど情熱的に話し込んで、「きっと明美さんも楽しく話聞いてるね」と言う状況になったのが、すごくいつもの佐渡教会っぽくてよかったです。 お話の中では明美さんの歴史も少し知れて、佐渡にはいわゆる花街があったのですが、そこでお手伝いさんとして働かれていたあと、東京の大きな屋敷の家政婦の仕事をされていたと..。だから色々な運動も見ていて、最近になってからも、義憤に駆られた時には、「みんなでハチマキ縛って街に出ましょうよ!」などとおっしゃっていたそうです。 --- 帰ってきてから、メールの中で、眞理さんが、「自分の名前(=真理)の意味について改めて考えることにもなった」と書かれていて、私の名前を、「憶名さん」と書いてくれていました。 おそらくその後すこし映画の現時点でのシーンをお見せする時があって、「記憶」と言うセリフがあったのもあると思います。 私はインターネットで使っていた名前の音[yokna]を、日本の名前にしようと思い、沢山の名、沢山のペルソナ、世界がある非人称的な名前のイメージがあり、「億名」と言う名前にしましたが、たまに憶名、と書いてくださる方がいて、その度、「そっちのが合ってる、あるいは本質かもな」とよく思っていました。 結局記憶や記録ってなんなのか。みんな残そうとする、方向性のある目的と、何か瞬間的な目的があるのではないかと感じることがあります。 他にも色々あったような気がするのですが、長くなるのでこの辺で..。今年は定期的に日記を更新したいと思いながら、 コスモ・コルプスは、色々ありましたが、最終段階に入っています。 素材が大量にあり、まるまる入れられなかったところなども決まってきているのですが、そちらも、佐渡のポートレイト、連作として、参加してくださった方を含めて、残せる形、いつでも観られる形にできたらと思っています。 --- *ちなみに地震については、iroは海の近くなので、大きなやつが来たらアウトです。 なのでケータイは充電してアラームが鳴るようにし、その時は走って高台まで逃げて、と、お客さんに伝えているそうです。 偶然も大きいけれど、できることは、その時準備をしているか、だと思い、それは貪欲にやっておいた方がいいし、一緒に泊まる方がいらっしゃったら、周知していただけたらと思います。 文明によって生き残りやすくはなったし、技術が隠して安泰のように見せていることも多いけれども、そもそも自然と人間(生き物)の関係は、そういうものだったろうとも思います。 |
🎥 コスモ・コルプス、イリュミナシオン アンコール上映決定! 2026/5/30(土)〜6/5(金) 渋谷シアターイメージフォーラムにて ウェブサイト https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus https://www.instagram.com/cosmo_corpus/ AuthorFilmmaker Archives
June 2026
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