Central Game - Yokna Hasegawa
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南へ(mt DNA ハプロGにもかかわらず)

9/5/2026

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ふと、台湾に行こうーと思って、昔の友人にメールをしてみたんですよね。
Tin、(ting chaong wen
https://tingchaongwen.weebly.com/ ) 中之条ビエンナーレで私がtinの作品を観て感動してメールし、やり取りをし、私のことをレジデンスか何かで招待してくれようとしてくれていた。それは実現は今のところしていなくて、台湾の映画には影響を受けたと思うけれども、何故か一度も行ったことがなかった。でも台南や、南の方の台湾について「いいんですよね」という話を聞き、高雄ーカオシュン、 Kaohsiung Cityを発見して、何かここへ行ってみたいと思った。
 奇しくも雄高の逆ー、一人知らない山へ登って、『虚空』の真似でもー、小さな竜巻との
生存をかけた誰も見ていない戦い。擦り傷だらけでゲストハウスかホテルに帰ってきて、誰かに「どうしたの?」と言われても説明できないーそしてブリストルに本当にまた行きたかったので、カオシュンという港街にそれを感じたというのもあったー今カズマちゃんに、水っ気のあるタトゥーを考えてくれないか、それを体に入れたい、心底、「水」を求めているから、と言ったけれど、やはり水がある場所に行きたいと、今、那須(♾️)塩原にいて思う。カラカラなんだ、ここは。生まれた場所ではあるけれど。それでTinに聞いたら、驚くべき色々な繋がりがあって、(ブリストルに確かにとてもよく似ている感じもしてーカウンターカルチャーかどうかとかはわからないけれど)まだメール返していないけれど、何かとにかく行ってみようかなと思っている。

円香ちゃんに誘ってもらって、仲間に入れてもらい、音楽祭+キャンプへ行ってきた。この夏はなかなかハードで何も出来なくて残念に思っていたけれど、最後の最後にワイルドな友人(90%水瓶座)に本当に楽しさを分けてもらえて嬉しかった。
混浴の天然の風呂へ行くツアーもあり、基本みんな水着で入るのだけど、裸の人や家族づれもいて、とても清々しく開放的だった。見た目は赤く焼けた石になっている、渓流で、入るとやや硫黄っぽい匂いがし、底の岩の割れ目から熱いお湯が噴き出ていて、上から流れてくる川の水と混ざってちょうど良い温度になる。ところどころ暖かさのムラがあり、深度も違って、真ん中へんへ行くと立ったまま全身温泉に入れ、とても不思議な感覚になる。
夜も昼も少し村みたいなところから出ると音楽がかかっていて、みんな踊ったりご飯食べたりお酒飲んだり涼んだりしている。円香ちゃんは一時、毎週のようにレイヴへ行っていたらしいけれど、それがバーニングマンのための予習(私から見ると修行)ということで、さすがだと思った。短い間だったけど、みんなと沢山の瞬間が過ごせて、「尊敬する人と行動するチャンスを絶対逃すな」というある場所で自分の属性について書かれた言葉を思い出し、第二か第三か、もうよくわからないけれど、新しい人生は、友情から始まるのかもしれないな、となんとなく思えた。
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みんな無防備で、すごくいい
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最近、映画で使っていた機材をPCを含めて売り、構成し直した。一つはAIをローカルでやることについて考えていたんだけど、円香ちゃんとも、これについて話せた。ネオンぽい青い部屋で私は寝不足で円香ちゃんは風邪っぽくて、お店の人がどこかへ音楽を聴きに行っているカレー屋さんのベンチで、我々はホットチャイを注文すべく、延々と待っていた。周りは村の祭りのようで、キノコ型の椅子があり、可愛かった。
要するに、かなりいいマシンでなければ、ましてやmacでは(これについては気づいていたのだが)ローカルの意味はほとんどない、とのことで、エージェント機能のことなど教えてもらった。

改めて興味が出てきて、帰ってきてから、バグ目的ならローカルでももしかしたら面白いかもと思い、とりあえずComfyUIにWenとFluxとStable Diffusion、好きだったdalle2のlora、自分でloraも作ってみて画像生成ー①
Bionic > Qwenでフォークナーのインタビューと作品をいくつかloraにして読ませて話してみるー②
Bionicで自分の未完成の資料や小説をloraにして読ませるー③
drawthingsでimage to movie-④
というのをやってみたのだけど、意外に①画像はサクサクでき、②、③の方が物凄く時間がかかってしまってAIの話もオンラインと同じで面白いと思えなかった。④は想定内の感じでよくわからないバグとかも出たので、本当にやりたいならオンラインのAIを使った方が良さそうだ。
②はlora学習させたラマだと米国南部男性のモノマネみたいになった。そこでqwen
3.8 27 Bをチャットの中で切り替えて話すとなんとなくほおと思うことを言うのだけど、よく考えるとこの27Bにはフォークナーの作品を読ませていないので、適当にユニバーサルなことを言っているに過ぎないということがわかる。そのあとRAGも入れてみたけど、違いがよくわからなかった。引用だったら自分で読めば引水できるので、やはり人力を越える、量的なものがAIでは大事だし必須なのだろう。でも、自分は物心ついてから数十年いろんな世界のインプットをしてきて、本も映画も読んでいて、それを越えるものを、AIに今から自分でインプットするのは無理だろうという結論に至った。
なのでマシンと努力次第ではとても面白くなるのかもしれないけど、多くの人が現在すでにやっている事ではあるし、自分はやはり読書や、時流とズレたことを楽しく考えつつ、自力で書く方がいいのかな..と言う結論に至り、それで良かったような気もする。


最近鍼灸とボイトレにも行き始めた。鍼灸は、自分で勉強して手に職にしたいような気がしていたが、実際行ってみて、無理だと思った。鍼灸師さんが、自分よりずっと年下の女性なのだが、性格が本当に正反対で、人をケアする、と言うことに本当に真剣に取り組んでいるし、自分自身も鍼灸が効くタイプで勉強を始めた方で、連続ドラマの主人公のエクソシストっぽい感じもして、私も、その中のどこかの回の登場人物の一人として、私の中の悪魔をこの人が倒そうとしてくれているのだから頑張らないとーと言う気にさせてくれる。前、入院した時に担当してくれた看護師さんのことも思い出す。何かについて説明してくれたのだが、私はベッドにいて、彼女は少し低い位置で、顔を顰めて、「(細菌を)叩かないといけない」、と言った。叩く、その時の語気の厳しさ、シリアスな表情が心に残っている。見えない細菌たちに対し、体に巣食う健康を害するものに対し、本当にそれらを憎み、戦っている人たち。(やる気なさげな看護師さんもいて、温度が全然違うので、私はこの担当の方が看護師さんになった理由は、おそらく彼女自身が幼い頃入院していた時期があったからだろうと推測していた。聞いてみたら本当にそうだった。もっと言えばこれは聞かなかったけれど彼女は蟹座だと思う。何かすごくしっかりしていて仕事もテキパキしているのだけど、子供の頃の影が見える人だった。)
鍼灸に行った時、私は36時間起きて作業し続けたあと、いつの間にかベッドに移動していて、PCが目と眉の間に落ちてきて予想以上に重く、硬く、痛いと思いながら6時間眠りに落ちたあとだった。36時間というのはAIの作業で、もう今後はやらないと思うのだけれど、映像編集でもたまにやってしまっていた。両目がビビッドに赤だった。私はとてつもなく虚で、交感神経優位。エネルギーがないのに動き続けるなんて最悪ではないだろうか。先生が、私のこの性格を変えるのではなくて、「たとえば、治療をやっていくうちに、少しハードワークしても、それに対して敏感にならなくて済むようにもなれる。体を強くすることができる。それを目指していきましょう。」と言ってくれたのが嬉しかった。
鍼灸師さんの友人のプログラマーの方にもそういう方がいるらしく、その時、もう少し深いレベルで気づいたのが、機械は寝る必要がない、機械のペースでやっていたら人間は死んでしまう、という当たり前のことであった。
私は二回すでに鍼灸へ行ってみたけれど、その二回の後どちらでも、コーヒーを飲みたくなった。前述した通り私は交感神経優位なので、副交感神経を高めてもらう。しかしその後、脳は、私に、コーヒーを飲めと、交感神経を常時使い続けるのを命令する、ということだ。怖、と思った。
二回目に至っては、なぜかコーヒーと、さらに同時にお酒も飲みたくなった。つまり交感神経、副交感神経、どっちもということだ。普段全然飲まないのに。
すごくバグっているんだな、としみじみと思った。悪魔的だとも、そもそも欲求というものは一体なんなのだろうとも...。腸が脳に、食べたいものを指示するとも聞く。私を交感神経優位、あるいは波立たせたいのは一体誰で、何が目的なのだろう。四時前だったので、微妙だったが、意思の力でとりあえずそれらを飲むのはやめておいた。

ボイトレに関しても、ものすごい音痴なので、とにかく基礎トレをしばらくお願いすることにした。「針の穴を通すように」、ピンポイントな体の使い方。先生が私が歌うさなかに起こっていること(考えたり力を入れたり、実際に体で起こったこと)を全て的確に分析していたり、歌が上手い人がこういったことを全て誰にも教わらずに行なっているというのも非常に驚かされる。それがナチュラルにできる子供がいるということは、その裏に何か一貫した原則があるはずだと思うのだけど、とりあえず「響かせる場所を広げる」ということだろうか。
口角を上げて、笑って、上顎を上げて、と先生の指示の通り一生懸命やっていると、
「ほら、今!自分の顔を見てみて!すごくいい顔してる!」と言われたのでえっと思って壁一面の鏡を見ると、凄まじくキラキラした笑顔で歌っている自分がいた。人生の中でも、あまり見たことのない表情だった。「ほんとだ、無意識でしたが確かにいい顔してますね。」と自分が口角を上げながら答えた。
「やっぱり、可愛い顔をしているといい声が出るのよ」と、先生がどこか格言のように言った。

笑うといい声が出るー私たちは笑顔を可愛いと思うー絶滅したネアンデルタール人はとても歌がうまかったーというか歌と言葉が一緒のことばを使っていた。これらは繋がらないだろうか。


今自分がやらなければいけないことと、自分を結びつけるプロセスについて考えていて、三つのことを思い出した。本当に小さい頃、自分の胸をストライクした事象、誰かに教わったのではなく、好きだと思った経験についてだった。それを思い出せたのは、昨日、Robina Roseの「Nightshift」を観れたこともあったかもしれない。この映画は本当に素晴らしい、心の隅に場所を作っておきたい作品だった。

とりあえず三つ思い出したけれどこれで全部という感じがする(トラウマ版で三つ、また特別な体験がある気がする)
① ボールのプール
マックとかにたまにある、カラフルなビニールボールでいっぱいになった空間を、プールのように移動するやつ。人生で一二回の体験だけど、どうしようもなく好きな感覚があった。

②巨大な、ふわふわなマスコット型の風船の中に入り、その中で子供たちが飛び跳ねる
自分の本当に小さい頃、歩いていける場所に、コンクリ塀で囲まれた広い空き地があって、普段は外から覗いても空っぽなのだが、そこでごくたまに、饗宴が開かれる、ようなイメージだった。その饗宴の中にこの巨大なふわふわマスコットもいて、マスコットの中へ入る時、最初はとても怖いのだけど、中の子供達の熱狂と言ったらなかった。
胎内回帰ーどころか、生まれる前の天国のようなユーフォリア、一度弟の付き添いを装って、中学生くらいの時に入りたくて入ったことがあったような気がするけれど、空想かもしれない。空想なのだとしたら、子供ながらにとても哲学的な体験だったように思うし、大人で踊る人たちとかもここが原点なのかもしれない。
(実はこの時に似ている、とても官能的なショットがNightshiftにもあってそこから思い出したのかも。)


③ クレヨンで画用紙に自由に絵を描く。その後、黒いクレヨンで全部その絵を上から塗りつぶす。最後に、尖ったもので黒いクレヨンを削る。その時に出てくる色の驚き、感触。

A. 分子だった頃へのタナトス的な領域も含みつつでも歓喜でしかない欲望(無機物になるのではなくて粒子ーエネルギーになる)
C. 自分のどういう原始的な側面なのかわからないのだけど、たとえば子供が「いないいないばあ」が好きだという話をよく聞く。それに少し似ているのだろうか。でもやはり、削るのが楽しかったのだろうか。


AI時代、またそれ以前に大人になって月日が立ち、自分が考える自分ですらまだなかった時に好きだったもの。

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Teachings in Dub - 55 years of Jah Tubbys Vs Fatman sound, Bristol

6/19/2026

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I edited videos that I shot Teaching in Dub 20260612 (by my phone). I joined around 2 am to 5 am, so I guess I missed many moments, but I really enjoyed..
I really would like to join and record people and sound again.
I am very interested in the philosophy of Rastafari and Dub (the culture of soundsystem).
I would like to make documentary if it's possible.

Jah Tubbys : https://www.jahtubbys.co.uk/
Meets (Vs) Fatman Sound
Teaching in Dub : 
https://www.instagram.com/teachings_in_dub/   
e contact me to : [email protected]
スマートフォンで撮った映像を少し編集した。ダブのドキュメンタリー、というとちょっと違うのかも知れないけど、肖像みたいな映像をめちゃくちゃ撮りたいというか自然に撮れると思ってしまった。

Bristol、今まで行った
西洋の街で一番ずっと過ごしたいと感じるものがあった。
でも重要なのはやはり音楽だと思う。
あと、やはり天気。例えばMassive Attackの曲の「..dreamer..」(*この歌詞-Risingson のなかの を改めて読んでみたら、Dream on、で、意味は、「夢でも見てろ」or「夢を見続けろ」だった。いい言葉だ)って入ってくる感じ、なぜあんなにロマンティックなのかが、ヘッドホンしながら散歩して、コインランドリー入ってる時に泣きたくなるような大雨になって、しばらくするとまたきらきらと天使が降りてくるような雰囲気で晴れる時にわかった。どっちが現実かわからなくなってくる。また、カモメという街を支配しているエンティティ。空っぽなビルに映って目に飛び込んできたり、歩いてると唐突にかぶさってくる影。街中に、Burialの曲で聴くようなキーンとした電車の音が常に鳴っている(Burialはブリストルじゃないようだけど)。
ちょうど先月新しいアルバムをKahn氏が出していて、ブリストルサウンド10の特集

https://www.instagram.com/kahnbristol/p/DZHcW1TCBWd/?hl=en​

昔っぽいカフェも沢山あって穴場でコーヒーも美味しくて最高だった。ただ、日本人にとってめちゃくちゃお金がかかるので、外貨を物凄く稼ぎたくなった。😢
​
←A video that I think is very Bristol-like 撮ってて、すごくブリストルっぽいと思った映像。
←トリニティ・センターすぐ近く。

​日本のポストコードで引っかかって、チケット買えず、直接トリニティセンターへ行けばと思ったけれどなんとデジタルでしか売っておらず。受付で何度も試したができず、最終的にサポートのアドレスを教えてもらったけど、その前にベンチで座って、AIに聞いた英国のダミーの番号を入れる方法で買えてしまった。でも普通に検索したら出てくる情報だったのかも、周りでは地域のバーベキューの片付けっぽいことを女性たちがしていた。

買えました!と報告に行くと、買えたんだ、いえ〜い!!!と何人かで物凄く喜んでくれた。なんかブリストルはちょうどよく田舎で、のんびりしていて自然体な感じだった。

ラスタの思想は歌詞や少し内容を読むだけでもとても可能性を感じる部分があったけれど、やや難しく、ボブ・マーリーの曲が私は実はわからず、、、🙇‍♀️、あまり深く知れずやめてしまっていたけど、確かにUKダブが入口でいいんだ、と思った。
ものすごく特別な巨大な機械、あと踊り続ける様。
緑色の服を着ている女性は、それまでずっと映像をとっていたので、スタッフの方なのかな?と思っていたら、最後の最後で朝4時くらいになって電気がついてから、一瞬だけいきなりバッサバッサと踊っているのを知り、驚いたし、
神秘的だった。踊り方も、日本の文化で言うと巫女みたいな...。
ピンクの服の女性も、杖をつきながらずっと踊っていてかっこ良すぎた。

みんな音楽が鳴ってるとずっと踊っていて、音楽をたたえるというのか、ずっと音楽と一緒にいるというのか、音楽への信仰というか、それでこんな爆音の機械まで作って、何かテクノロジーとかDIYのエンジニア性、産業のハッキング的なところもあり、すごい説得力と共に不思議な感じがあって、撮ることでそれがわかることはないかも知れないが、逆にわからないから撮りたいという欲望にこれまで繋がってきたのかも知れない。一番似てる感覚は佐渡に初めて行った時だ。今までの自分の人生になかった要素ばかりだったのに、何もかもを撮りたくなり、何もかもが「絵になる」感覚があった。


しかし、突然ラスタなのではなく、十代の時に実は、「辞書で偶然出てきた言葉にこだわってみよう」とゲーム形式で開いた時に出た、「エチオピア」という言葉を、特別に思っていたことがあった。その時に映画にしようと思って小説も書いていた。郵便配達員の女の子が主人公だったけど、SFに出てくる運び屋とかをその後知ると、無意識ではあったが、筋が良いイケてる設定だったなと思う。しかし当時の自分の周りにはエチオピアと関係する人もおらず、インターネットでも大した情報は見つからなかった。唯一、ルーシーという人類の祖先の女性(の骨)だけが繋がり、人類的な、考古学的な話も含むようになった。そのあと、東京に来てから知り合った友人に、レゲエには凄く深い文化があって、宗教でもあり、すべての始まりはエチオピアなのだと教わった。その小説は未完成のままだ。そういった一連のことを、そういえばそうだったと、ブリストルで20年ぶりくらいに思い出した。
Claudeの制限のニュースがあったけど、AIは旅行中、辞書として本当に重宝した。
​やっぱりネアンデルタール人的な(ネアンデルタール人は言葉がなく歌と言葉が一緒になったものでコミュニケーションをとっていて、音楽的な才能も現在の人類よりもずっとすごかったらしい。)と自分が勝手に思っている、"「愛とか平和とかいったただの言葉、概念的な器」を、満たすもの"、その概念の中身はクロマニョン→言語→AIには受け継がれていないから、価値がある。ワルいAIにそれが通じるのかとか、蹂躙されるような価値なのかも知れないけど、論理的な才能を圧倒的に抜いてくるものが生まれた以上、人間のオリジナルの価値という意味ではそこだと思う。つまり共感性を極限まで高める、同時に孤独であり続ける。脳を物理的に繋ぐのではない方向(遠からず失望と共にそうなるのだろうけど)の可能性を、出来る限り伸ばしておく。60〜90年代、色々散らばった要素の再採集だと思う。

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Cosmo Corpus @ Nippon Connection  1.

6/7/2026

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6/3と6/6の上映があっという間に無事終了し、明日フランクフルトを離れる。
前回のニッポンコネクションの時、知り合った方がいて、その方が毎年、今年はニッポンコネクションに来ないの?こんな作品が来ていたよ、とメールをくれていたので、私の中でまた行きたいと簡単に言える思えるほど、映画制作は近いものではなかったけれど、でも自然に思い出に残っていた映画祭と街だった。

今回は主に担当してくださったNoahさんやAlinaさんを始めとして、Juliaさん、Maxiさん、Andreasさんなどにとても詳しくアテンドしていただいて、前回以上にドイツの皆の出身地のお話や、フランクフルトのお店など(会場近くのベルガー通りのカフェストリートやドイツの伝統料理など)ローカルなことを聞けた。


10年ぶりに同じ街を訪れて、前回はそう考えた覚えがなぜかないけど、フランクフルトは綺麗な街だなーと散歩しながら思った。まず木が巨大で、鳥の声がとても美しい!でも日本の山に登ったことのあるMaxiさんは逆に、自然の組み合わせなどが見たことがなくて面白かったと言っていた。(シダやその近くにある木々など)
​映画祭にくると語学の天才に頻繁に会うけれど、3日に司会をしてくださったMaxiさんは28ヶ国語に手をつけていて、何を書いているのかなと思ったら、色んな文字で私の名前を書いてプレゼントしてくださった。Juliaさんもルーツのベトナム語より日本語の方が得意だが、日本で勉強をしたことはなく、全部ドイツでの独学だったり、通訳のMariaさんは12歳から趣味で日本語を始めていたり...。

ここ10年くらい、マリーとの仕事が終わった2020くらいから、ローカル志向になったこともあり、英語の勉強はもうしないでいいかな... というか、なんでしなければいけないんだくらいに(英語が母国語の方は必要ないので)思っていたけど、自分が考えている映画の企画をもしこれから続けるならば語学が必須なことなのはわかっていて、それ以上に近くで語学自体を楽しんでいる若き天才たちを見たり、英語で色々聞いてもらえると、とてもポジティブな気持ちになった。(でも本当にびっくりするほど話せなくなっていた笑)


Eric NyariさんのFilmmaker's workshopなどで実際に国際共同制作のお話を聞いたり、なんといつの間にか筋金入りの映画製作者になっていた、マリー・ブラッサール氏のプロジェクトの時に役者で参加されていた香子さんの映画祭を回ったお話を聞いたりして、まだせっかく生きているならば、もう一歩くらい、踏み込んで努力をしたい気持ちも湧き上がってきた。(映画業界に入るとかとは全く別の形で)

勉強。ただ多分、「仕事で使うから」だと自分の性格上面倒で諦めるので、何か全然違う報酬を発明しないとなと思っている。たとえば英語で小説を書いてみるなど...?楽器と一緒に歌える英語の曲を増やす...。
Maxiさんは、おばあちゃんの日記の古い文字や、ポストカードが読みたくて、文字の勉強も始めたらしい。


10年ぶりの大聖堂。撮っていて、前にも来たことを思い出した
The cathedral after 10 years. I remembered I have visited before during shooting here.

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ブレイキン

5/29/2026

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​我が人生で初めて出来た、推し、ダンサーのYasminさん
初めて興味を持ったアスリートの方でもあるけど、ブレイキンはスポーツ的な部分以外もとても豊かで、その表現力とかコミュニケーション力、キャラクター性(それぞれのダンサーの個性)に惹かれるものがある。
この時のFinal含む三つの動画全部すごい好きなのだけど、別アングルのカメラでも見てみたい。
優雅すぎる。自分のターンじゃない時や試合終わった後に踊っているのも同じくらい見ていて面白い。
←こんな風に誰かとコミュニケーションとってみたい。すごくワイルドでもあり、愛を感じる。MiMzさんもめちゃくちゃカッコいい。
←Narumiさんもとてもかっこよくて、音楽も鬼気迫っているので、このバトルよく見てしまう
スージーアンドザバンシーズの曲がかかって踊っているのがカッコいい
2025年にRedbullを観に行った時に、登場した瞬間、他の人たちと全然違う、あんまり見たことがない、リラックスした遊び心のある大きな存在感があって、それらが全部クールで、すごい人いるなと思った。
でも他の出場者の方たちもみんな個性や得意な動きが数多くあって、悪役っぽいというか、キャラクターっぽい表情とかもあり、頭で考えるよりは、やっぱり一人一人の体とか性格の特徴から来る個性なんだろうか。男女の体力差とかを考えると意外だったけど、個人的にbgirlのバトルの方が記憶に残っている....。(bboyでもTsukkiさんは過剰なパワフルさと美しさがあって、牛若丸ってこういう感じだったのかなと思わせるところがあり、気になった。完全に個人的な感想...)
← みんなが盛り上がるのが面白い。これから聴こえるはずの音にダンスを合わせるのを、本当にどうやっているのかわからない。

ブレイキン自体すごく面白いけど、Yasminさんを知ったことで、関心が一過性にならず、少しずつ知ることが増えてきた(ダンサーの方とか技など..)。自分にとって、体にも心にも魂にも刺さってくる感じがする

ただ、自分の場合、どうしても、映画にしたらどうなるのかみたいな発想が出てきて、​
体の動きだけでダイナミックなものを流れとして伝えているから、編集とかは出来ないはずではあるが、カットを沢山作ってアクション映画のようにするのが一番正当なのだろうか。
観ている方としては、踊っている人のサイズだともう一人のアクションや、ジェスチャーが見えないので(これがブレイキンの中で個人的にとても好きなので)、プレーンに撮ってる映像がいくつか別のカメラのアングルやサイズであるのが一番ありがたい。
​
でもやはり、映画的に体に対して出来ることを極めるとしたら、ダンサーインザダーク方式(100台のカメラ)なのかな... 長回し.. スロウモーション... なにか斬新な映像...
あるいは劇中劇でドキュメンタリーとして撮る...(その場合でもカメラ数の問題出てきそうだけど...)
100台のカメラで1分の一つのダンスを撮ったら、100分の素材ができて、なんかそういう風な再構成するようなことも面白そうだけど、ブレイキンやダンス自体とはやはり全然違うものにはなってしまう。
クレンズドで映像化をサラ・ケインが禁じていることに対し、どう答えるかという部分とも繋がってきそう。映画なら映画ならではの肉体的な方法が必要だろうと思う。
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『コスモ・コルプス』『イリュミナシオン』シアターイメージフォーラムにてアンコール上映(+近況)

5/28/2026

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取り急ぎですが、アンコール上映が決定しました。
ぜひこの機会に観ていただけたら嬉しいです。

近況:
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予告篇と、大木監督について
これまで映画を劇場公開したことがなかったので、今回、映画上映前によく流れる予告篇を、初めて上映してもらうことができた。
しかも前もってチケットを買っていた、大木裕之監督の特集、『優勝・renaissance』の前だった。 
大木監督とは実は、2011年の前はイベントに呼んでいただいたり、高知に行ったこともあった。初めて会ったのは20歳くらいの時で、イベントの手伝いに行ったらカメラを持った大木さんがいて、とても嬉しかった。

その間の長い期間どういう関係の仕方をしていたのか覚えていないのだが、そこで連絡先を交換したのか?たまにメールとかもしたり、今パッと思い出したのは、新宿三丁目を夜歩いてる時に突然電話が来て、何か用事かと思ったらなんでもなく、元気かどうかみたいな、それだったらいいのよ、+α、みたいな感じだったような。。
昼間にどこかの路端に座ってる大木さんに会って、私の着ていたTシャツに書かれている文字を
目を細めて読んで、「Larry... Clarke... Photography?」と笑われたり、
あと何日か前に歩いていてふと思い出したのだが、私が「シンクロニシティですね」と何かの拍子に言ったら、「それはキホンでしょ。」と言われたことがあったなぁと。
また、私が自分の名前の由来について話したんだったか、中上健二は、古い、だったか... 微妙なニュアンスを思い出せないのだけど、否定的なことを言われた。でもこないだ玲児さんが教えてくれたのは、大木監督は最近はフォークナーのことばかり話していたと...。ものすごく意外な感じもするけれど、どの辺だったのだろうかとても気になる。フォークナーについては私なりに話せることもあるし、意見を聞いてみたかった。
追悼上映で大木監督の近作と昔の映画をいくつか観て、こんなこと考えていたんだなと、共通点に気づいた。これからも映画がある、とも思い、自分が死んだ後、生きてる人にそう完全に思わせる作品て作れていないなと思った。(コスモ・コルプスは少し出来たかもしれなかったので、大木監督に観て欲しかった)

『優勝・renaissance』の、浜辺のシーン。多様性とかそういうレベルではなくものすごく色々な人が同じ空間にいた。音楽と共に急にダンスが始まる。このダンスの時に笑ってしまった。あまりにも大木さんのリズムだった。作品、というより、自然そのもののようなフィルムの光の色の凄まじい美しさ。今でも残像が残っている。一方大木監督はそのアドバンテージを捨ててビデオに行った。最近の作品の中の「Lust for earth」という言葉。(to か towardみたいな意味で記憶しているのでforじゃなかったかも...)
憧れのバンドとの夢の対バンのようにして、初めての劇場予告篇が流れた後、大木監督の映画が始まった。もちろんシンクロニシティは基本なのだろうけれど、それでもやはり、不思議な感覚だった。


映画の上映中は、毎日ご挨拶していて、本番の数時間前から心拍数が尋常じゃなく上がっていて、健康的に大丈夫かと思っていたが、今になってみると、色々な方とお話しできて、久しぶりの再会もできて、山井隆介くんは勿論のこと、途中司会で登板してくださった山田遼さんや鮎川純子ちゃん、三村修さん、ヴィヴィアンさんを紹介してくださったheykazmaさんなど、みんなすごく協力してくれて、ありがたかったし楽しかった。

ゲストにお呼びした方々とは、本番以外に毎回1時間くらい打ち合わせで話していて、それがまた感動的というか、スピリチュアルですらあった。ゲストトークて普通、こんな深い体験なのだろうか。今後にも間違いなく繋がってくるので、そのうちまとめたいと思う。知り合えたのがとても嬉しい人たちばかりで、あまりこういう気持ちになることはないのだけど、これからも離したくない。

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映画祭と、ブリストル(ダブ)

数日後からフランクフルトの映画祭で、10年かかって同じ場所へ行くのがやはり不思議な感じがする。しかも、応募ではなく、twitterでexperimental roomsの星野さんが映画のことを書いてくれたのがきっかけで、映画祭から連絡をいただいたのだった。
前回はホームステイで女性の家に滞在させてもらえ、ドイツ式の朝食を作ってお話してくれたり、アットホームだった。海外の日本映画祭で、みんな日本の文化に興味があるようだった。ビジネスライクというより本当に友人が何人か出来るような感じ。

なかなか行けなそうなので、映画祭の後、一人でブリストルへ行こうと思っている。今、次の映画のことを考え始めているのだけど、ダブが必要だと感じている。
映画館の音響について今回すごくパワフルだなと思ったし、エンジェル・ダストの音楽がやはり物凄く痺れたので、次の映画はダブを映画音楽にしたいなと...。真弓さんのご紹介で、riddim chango recordsのヒロシさんにブリストルについて伺って、色々な場所を教えていただけた。
teaching in dubというイベントがトリニティセンターというところで不定期でやっていて、調べてみたら、ちょうど行ける!Jah Tubbys出演。
ブリストルは、マッシブアタックというより、Young Echoというコレクティブがとても好きで、こんな人たちが集まるのはどんな所なのだろうととても気になっていた。

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次の作品

書き終わらせたい小説が一つあり、それとは別に、映画で撮りたいものがある。
一つは、前から何度か書いている、サラ・ケインのクレンズドを起点にした映画。もう一つはいくつか必要事項がありそうだけど、南総里見八犬伝みたいな子供も楽しめるような話(表は帝都物語とか幻魔大戦とかX、ブレードランナー、小説の方の電気羊とかそう言った都市のイメージもあるSFアクションで結構本質的な部分もある映画)



ギター、いつかはちゃんとしたものを買いたいと思っていた矢先、遼さんにお古のグレッチをいただいた..。物凄く可愛い。ケースから出す時に間違って弦が触れて音が鳴ってしまって、それだけでもとっても綺麗な音で全然違うので驚いた。Pixiesとか弾きたくなって、練習している。
この映像を観て、キム・ディールってセクシーな人だなぁと思った。表情に一々深みがあって、感情を動かされる。笑った後に真剣な顔をしたり、ドラマを感じる。そしてベースが本当にグッとくる。
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みなさんからいただいた、『コスモ・コルプス』応援コメント

4/22/2026

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映画『コスモ・コルプス』に影響を与えてくださった方、昔から映画についての文通をしていた、元は私が彼彼女らの作品のイチファンだった友人。何かその人に、観て欲しかった人。

決して短くはない映画に、お忙しい中、時間をとってくださり、しばらく会ってなくても、それぞれの雰囲気が伝わってくる言葉までもらえて、嬉しかったです。
​本当にありがとうございました。
​
応援コメントって、今日日、権威的で宣伝的な感じもし、どうかなとも思ったのですが、頼み始め、受け取り始めてみたら、少なくとも私の場合は、そう言う単純なことではなかった。書いてもらった言葉が、自分に循環するのを感じた。書くことを選んでくれた方には、とにかく感謝しかない。欲を言えば、もう一人書いて欲しい方がいたけど、いつか観ていただけたらと思う。
落ち着いたらWebサイトなどにもアーカイブとして掲載できたらと思っております。


Aru-2 (ビートメイカー/プロデューサー)



Cosmo Corpusを見て、分かることと分からないことどちらも混在しあっている映画でそれがなんとなく心地良いという今までにない不思議な魅力を感じた。 もし全部が分かってしまったらそれは退屈に違いないわけで、分断された少数派の人々に対してどこまで寄り添えるか自分自身に問いたくなったりした。 孤独と生きること、他者と暮らすこと、昔も今も未来も時代や環境が変わっても人間が生きていく事の根っこはあまり変わらないのかもしれない。 大事な人に会える日々を大切に過ごすこと、挨拶できることの幸せを忘れずにいたい。


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斉藤綾子 (映画研究者)


「2022年にあって2万年後にないかもしれないもの」「本、特に紙の本、身体、性別、こんなふうにいろいろなものがある地球、呼吸、誰かとの帰り道、言葉、感情、戦争、愛、挨拶」


呪文のようにどこからともなく聞こえてくる声。激しい波の音と壮大な海と砂浜。ただ一人、地球で最後の人間となった死者を埋葬し続ける兵士。そこに突然降り立った地球を覚える未来の少女。人間の記憶はどこへ行くのか。死者の記憶は過去へ封印されたまま、メビウスの輪の中で永遠に回り続けるのか。いや、それとも宇宙の粒子となって、わたしたちの回りに存在し、気付かないまま死者と交流し続けるのか。


海が飲み込んできた無数の生命体は過去、現在、未来という地球的時間を超えて、宇宙的時空間を介在させているのか。それとも汚染された海の毒は生き残った生命体を破壊するのか。


冒頭から映像と音の強度に画面から目が離せない。どこへ行くのか。戸惑いながら必死に画面を見つめる。「宇宙的孤独共同体 コスモ・コルプス」と名づけられた長谷川が描く世界は、映像の前衛と写実が水のイメージとして結晶化し、生と死の境界を無効化する。サイエンス・フィクションとは常に現実の陰画として、「今、ここ」と「いつか、どこかで」の間を行き来する。その圧倒的な映像と音が作り出す世界を作り出しながら、長谷川は生命体の孤独と向き合う。その想像力を支えるのは佐渡島の存在だ。いや、このように言い換えても良いだろう。佐渡に渡った作家がカメラのファインダーを通して見つめる島の歴史や記憶に向き合い、書き換えていく。宇宙的孤独共同体とはその作業のドキュメントではないのか。


現代編で父を失ったカイチはその名前の通りに、海を知り、失われた父の記憶を探すことができるのか。カイチの母ユキは日々の生活と宗教に救いを見いだせるのか。過去作では前景化することがなかった宗教という新しいテーマに作家が込める想いは何なのか(だが、SFと宗教が近しい関係にあることをわたしたちは知っている)。


わたしたちは二万年後に何を、誰に遺すことができるのか。答はない。だが、長谷川が託した祈りにも似た小さな声をわたしたちは聞き続けていく。


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高水裕一 (物理学者)


長い長い時間の流れというのは、人の残した痕跡や文明そのものも洗い流してしまう。ときにそれは無常に近い、人類には抗えない非情さがある。本作品が描く壮大な時間スケールにもどこか、それがただよう。そんな荒波に抗うように、人は過去に戻りたい、あの人に会いたいと時間の波への抵抗を試みる。そこには純粋で削ぎ落とされた、人類の愛の姿が永遠に残る。


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Tabitha Nikolai(アーティスト)


『コスモ・コルプス』は、あえて多くを語らない美学に基づいた構造を通して、孤独の根源とその救済について深く思索を巡らせています。魅力的かつ複雑に絡み合う物語のループを紐解いていくと、家族や友人に囲まれていながら孤独を感じている人たちや、言葉も信仰も共有していない、お互いに知らないはずの存在の間にコミュニティを見出す人たちに出会います。また、たとえ愛する人と同じものを求めていたとしても、「渇望」という感情が、時に私たちをいかに痛切でバラバラな方向へと引き裂いてしまうのかを、本作は描き出します。


本作は実に時宜にかなった作品です。それは、私たちが現代特有の凄まじい孤立感や、より広範な政治的疎外感に直面しているからというだけではありません。孤独、渇望、あるいは繋がりといった円環の、どの地点に私たちがいたとしても、この映画は語りかけてくるものがあるからです。日々、私たちが経験することは退屈で、それでいて束の間であり、過ぎ去った後もなお、その不在が亡霊のように付きまとう—そんな、癒やしであり毒でもある感覚について、本作は深く突きつけてくるのです。


佐渡島の海岸で撮影されたその舞台設定は、曖昧な時の揺らぎを映し出しています。かつて過去に固定されていたはずのものは今や水没し、手が届きません。しかし潮が引けば、それらは再び姿を現します。ただし、そこにはフジツボや漂着物がこびりつき、どこか不気味で不可解な様相を呈しているのです。


劇中の奇妙な時間軸を司る正確な仕組みが、最後まで明かされないのも実にふさわしい演出です。それはハイテクな時空旅行のようでもあり、業(カルマ)の輪廻や、キリスト教的な復活の物語をも彷彿とさせます。あるいは、元理科教師によるフォークソングの放送というような、古風で不可解な実験の産物なのかもしれません。こうした多様な可能性の広がりとリズムは、長谷川億名監督の哲学的な懐の深さと、社会の瓦礫の中から魔法を生み出す創造的な独創性を如実に物語っています。


もしあなたが『ラ・ジェテ』、『天使のたまご』、『ストーカー』、『沈んだ世界』、あるいは『ヨコハマ買い出し紀行』といった作品を愛しているなら、この『コスモ・コルプス』の中にも、きっと心に深く刺さる何かを見つけることができるでしょう。


Through an ambiguous elliptical structure Cosmo Corpus ruminates on the source and remedies of loneliness. As we attempt to untangle its fascinating and intricate narrative loops we meet characters who feel alone even when surrounded by friends and family, and those who find community among strangers despite lack of language or shared belief. We see how longing, even when longing for the same things as those we love, can pull us in painfully different directions. This film is timely, not only as we grapple with a contemporary wave of tremendous isolation and broader political alienation, but because it has something to say to us in whatever moment we are personally in on the cycle of loneliness, longing, or connection—the combined balm and poison that what we are experiencing is both tedious, and brief, gone, but in the absence haunting. Shot along the coast of Sado island, the setting mirrors the murky blur of time, where what seemed fixed in the past is now submerged, and inaccessible, at least until the tide reveals it anew, but uncanny, glazed with barnacles and detritus. Appropriately, the exact mechanisms of weird temporality in the film are never fully revealed. They could be part high-tech time or space travel, part karma cycle, part Christian resurrection story, or the product of a former science teacher’s arcane experiments in broadcasting folk music. The range and rhythm of these potentialities bespeaks Yokna Hasegawa’s philosophical breadth and the depth of her creative inventiveness in making magic amidst society’s rubble.


If you enjoyed La Jetee, Tenshi no Tamago, Stalker, the Drowned World, or Yokohama Kaidashi Kikou you will almost certainly find something to love in Cosmo Corpus.


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Barry Doupé (アーティスト/映像作家)


最初にあらすじを読んだ時は、SF映画だと思っていました。しかし実際に鑑賞してみると、この作品は「惑星探索」という器(設定)を借りて、主要なテーマである「置き去りにされること」、そして身近な人を失うことで家族が崩壊していくという、極めて個人的な痛みを深く探求しているのだと感じるようになりました。


このように「喪失との対峙」という個人の体験に焦点を置くことで、地球を失うことや人間性の喪失という壮大なテーマとのパラレル(相似性)を、より容易に理解できるようになっています。観客としての私に自律的な思考を促すような、揺るぎない精神をこの作品に感じました。


ゆったりとした独特のテンポが「感情の真空状態」を生み出し、その静寂の中で、父の失踪後にひとりの青年が背負わされた、義務感や家父長制の重みを感じ取ることができます。劇中で、好奇心に導かれるようにして出会い、大切にされる本や文学、そして言葉。それらはまるで私たちの自己の深層へと至る「秘密のコード(暗号)」を内包しているかのようです。そしてそれは、たとえ地球が喪失の痛みで疲弊しきったとしても決して壊すことのできないものなのです。


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細倉真弓 (写真家)
1番近くの人を思い出すように、まだ会ったことのない遠い宇宙の生命体を思うことができる。そんな想像力を持ちたいと思えました。

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近況

4/21/2026

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最近は、春というより初夏のようになってきて、毎週のように東京でチラシ配りをしたり、文芸部の集まりに行ったり、もうすぐしばらく会えなくなりそうな真弓さんとメンツが変わりつつ何回も会ったり、SFの大会(はるこん)に初めてお邪魔してみたり、本当にしばらくぶりの友人のお店へお邪魔したり、一方で去年からの治療で病院へ行ったり、新しく知り合った方もたくさんいて、いろんな人と話して、場所も言葉の記憶もごっちゃになりつつ、とにかく動いていると言う感じであった。

最近はアーティストの斎藤玲児さんのご厚意で、はじめは映画の宣伝に、というのがメインだったけれど、学校での課外授業も連続でさせていただけることになり、どうやったら十代の方(たち)が、一人一人が平等に、エキサイティングでパーソナルに、私も含めて映画制作を楽しめるのかについて、思いを巡らせていました。
石原海ちゃんのご紹介で、アーティストの三野綾子さんとさせていただいた対話が複層的にきっかけになり、久々に瞑想10分くらいしてみたら効果があったのか、プロの先生である
玲児さんのサポートもあり、やっと何をやるかについて目処がつき、ここ最近インスタグラムに情報を集約していたので、久しぶりにブログも更新したいと開いてみた。
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細倉真弓×長谷川億名映画『コスモ・コルプス』公開記念インスタライブ@flotsam books

4/1/2026

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写真家の細倉真弓さんとの、代田橋の本屋さん、フロットサムブックスでの映画公開記念、インスタライブ。
まゆみさんと友達になったのは2016年頃?
写真家コレクティブのSpace Cadetの鈴木さんにJJJ君のライブに連れて行ってもらって、紹介してもらいました。
2019年からコロナをはさみ、ずっと定期的に、会話やグループ展、読書会と続けてきて、いまは文芸部サークルで小説に挑戦しようとしています。
その中でもまゆみさんは、さまざまな領域の回路を経た経験をまた写真に接続しようとしていて、そのストイックさと面白さ、試行錯誤してる様子に、希望を与えていただいてます。
いつも惜しみなくご協力していただいて、本当に、なんといったらいいかわからないですが・・、
フロットサムの小林さんのおかげもあって、とても楽しく話せて良かったです
https://www.instagram.com/reel/DWfsoI-kqFj/?igsh=MW94b2pya3IzejJnaw==

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Cosmo Corpus Progress 0321

3/22/2026

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Japanese independent Sci Fi film, Cosmo Corpus Instagram

5/2(土)〜15(金)まで、イメージフォーラムで上映させていただく
映画『コスモ・コルプス』のショート動画です。

https://www.instagram.com/reel/DWJNlLhEme_/?utm_source=ig_web_copy_link​
​埋め込みがブログに上手く出来なかったので、URLですが、ぜひ見ていただけたら嬉しいです。

映画の主題歌をNozomu Matsumotoさん(劇中音楽も担当)と作ってくださった、
アーティスト、シンガーソングライターのCuusheさんにお願いして、
『Waken』というCuusheさんの2020年のアルバムから、”Beautiful”という名前の通り美しくて切ない楽曲をお借りしました🧬
また、山井隆介君が編集をしてくれています。


私はCuusheさんの大ファンで、十年以上、繰り返し聴いてしまっているので、かなり様々な影響を受けていると自分で思います。
稀有な声、大胆でクールな(日本人離れした、と自分では感じる)リズムとフレージングというのか、歌い方、繊細で内省的なメロディ、軽やかでくちずさんでしまうけれどどこか圧倒的な、孤独の楽しみや優しさも哀しみもある詞、音楽を通して、生きている中で、ほとんど気づくことのない感情にいつもさせてもらっています。Cuusheさんの楽曲はいまだに私の中で謎の部分が凄く多いなと思います。

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映像に関しては、いまだに、SNSの真髄とか流儀、スタイルみたいなものがわからないままでいるのですが、
今回山井君が作ってくれた上下二画面の縦動画を見て、
何でも良いわけじゃなくて、独特な文法があるのだということは感じました。それが出来始めているので、試行錯誤をする。

いまいずみちよさん演じる千夏のシーンで、奥行きの方へ移動する縦移動と、セイタカアワダチソウの横移動の組み合わせはわかりやすい空間的な面白さがありますが、他の一見関係ないシーンも、上下でカット繋ぎが出来るものがあり、でもそれはもちろんシーンになろうとする繋ぎではなくて、なにか別のものでつながっている。

ブライアン・デ・パルマが凄く好きなので、スプリット画面もそのうち無駄にやってみたいのですが、やはり映画だと横位置の複数画面で、何か場所が違うところで同時に起きてるサスペンス性みたいなものが出てくる。縦だとそれが違う気がして、でもエモーショナルなのは何故なのだろう。神の視点の亜種みたいなことなんだろうか。

今日はイリュミナシオンを久しぶりに通して観ました。
今回昔のHDDを見返す機会があり、一部また編集して、4Kにアップスケールしました。
気づくことは多かった。今回はみんなの繊細さ...というか、私が繊細なものが好きだからそこばかりフォーカスしているのだとは思うのですが、かなり時間が経っていることもあり、なおさらに、繊細さに、眼差しや、瞳の中の小さな光に、胸を打たれた。

映画|コスモ・コルプス Cosmo Corpus

https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus
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『コスモ・コルプス』上映のお知らせ

2/16/2026

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5/2(土)〜5/15(金)シアター・イメージ・フォーラム(渋谷)で、
映画『コスモ・コルプス』が劇場公開出来ることになりました。
同時期に、2014年作の『イリュミナシオン』も上映いたします。
『コスモ・コルプス』Webサイト

https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus​
Instagram
https://www.instagram.com/cosmo_corpus/​
twitterも一応作りました🙏
https://x.com/cosmo_corpus



配給も自主配給で、自分たちで行うことにしました。
フライヤーデザインは山井君で、見開きで二つの作品が見られる形になっています。めちゃくちゃいいね!や、美しい、というご感想もいただいていて、ぜひ見つけたら手に取ってみてもらえたら嬉しいです。
現在、フライヤーは都内の映画館で置かせてもらっている他、後で他のお店についても、まとめたいと思っています。
また、多く作ったので、もし置かせてもらえそうな場所などありましたら、持っていきます!

あとたまに、フライヤーをネットとかで売っている人がいますが、欲しい方は、沢山持っていてタダですので、私の方にぜひ連絡ください。笑


ー配給についてー
以前の映画の関連のどこかで、映画制作者の先輩の方に、「個人だと劇場公開できない」というような話を聞いたことがあったり、配給会社を名乗る人に、映画制作と同じくらいの値段で全国公開の話を持ちかけられたりして、(後で別の方に聞いたら額についてまぁそんなもんですとフラットな感じで教えてもらったので、自分の中でリファレンスが出来たのですが、詐欺がいるという話も聞く)知らない業界の人と関わりたくもなくなり、
だいぶ"配給"というものがネックになっていました。


配給・宣伝とはなんなのか、配給会社が名前を貸していないと産業外の人は入れないルールがあるのか、それとも頑張れば自分で出来そうなことなのか、すらまずわからなかった状況があったのですが、関口さんのご紹介で、
ウルリケ・オッティンガーなど重要作品の配給をされている、プンクテのことを知り、
植田さんに質問をさせていただいたところ、本当に基本的なところから教えていただけて、
個人事業主でも大丈夫、配給は本質的には宣伝である、という、知りたかった物凄く明快なことがわかり、
それだったら山井君と共同で、自主配給をする方向で頑張ろう、ということになりました。
(こちらのインタビュー、仕事のお話を聞ける面白さもあり、ニッチな部分でもすごく参考になります。
https://hanako.tokyo/culture/478828/ )

上記のこと以外にも色々あったので、劇場公開は今回が初めてになります。
これまで映画や美術の学校にも行かず、本当に完全に独学で映画を作ってきているので、もうこのまま何処までも行こうという感じに最近はなってきていて、この映画では名実ともにプロデューサーもやり、それに追加して配給のことがわかれば、出口がわかり、観てくださる方
についても自然ともっと考え、直に関わり、お金ついて考え、社会の歯車の一つとしての映画というものについても考え...、良いような感じがしています。次回の機会があれば、優秀な方に頼みたい感じもしますが...。

とてもありがたいことに、配給といっても一人ではなく、イメージフォーラムの武川さんにも、とても勉強になる、率直で丁寧なアドバイスをいただいて進められています。



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先週は東京も物凄く寒い中、フライヤーの相談をした山田リョウさんに教えていただいて、連日とても面白いイベントに行ってきました。特に阿佐ヶ谷Tabasaで行われていた、リョウさん出演の地無し尺八のレクチャー+三人の奏者の実演。
最後のリョウさんのレクチャーの中で、タルコフスキーのサクリファイスのクライマックスのシーンが映され、日本人の尺八奏者・海童道宗祖のテープが使われている、というお話を聞きました。ライブハウスの音響とスクリーンでタルコフスキーの映画の一部分だけを久しぶりに観たことは、インパクトと物凄い解像度があって、その後興奮して新宿のサムライという沢山招き猫のいるバーに行って、次なら撮れる映画、ショットについてずっと話していました。


岩佐又兵衛の戦国時代の絵。地無し尺八は虚無僧が吹いているものですが、一般的な調整された(プロダクト的な)尺八と全然違って、ノイズ、倍音がすごい(これは、西洋音楽が今は主流なのでメロディが大事だが、ドローンが大事、ドローンである曲を認識する、という音楽文化を持つ人たちも沢山いるという前に聞いた話と繋がった。実際、私には尺八での曲の違いがすぐにはわからなかった)、みんなで山へ竹をとりに行って穴を開けて作る、
歴史的には、貴族の楽団の中から、予算不足で尺八が排除されたのを、禅の一環として政府に認定されていた虚無僧寺に集まった人たちが取り入れ、コンサートのような形ではなく、商店やお金持ちの家の前で吹いて、お金をもらうまで帰らなかったので物凄く嫌われていた、最後の方は、迷惑すぎて、村全体で一括でお金を虚無僧に払い、演奏もせずにそれをもらうシステムになっていった、など...。
かなり社会の枠に収まらない人たちだったようだが、一音成仏、戦国時代で人が殺される世を儚むことから演奏する動機が来ていて、物凄く聖性を感じさせる音だった。(虚霊とか、虚空、とかいった曲のタイトルがあったが、埴谷雄高も虚無僧好きそうだなと思った)
タルコフスキーもただ直な善や美というより、邪悪なもの、爪弾きにされているもの、が必要な人に思え、サクリファイスのあのシーンで尺八が流れる意味が、オリエンタルな日本性、という枠組みとは全然違った形でやっとわかって申し訳ないような気持ちすらした。好きな映画だと思っていても、これほど自分は何も知らないのだなと全然別のものを見る思いだった。

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最近、歌とギターを練習しています。
やることがなければずっとやっていたいくらい、ギターの響きが好きです。
動機は、AIが音楽作れるなら自分はむしろ体を使ってやってみたいなと思ったことと、電気を使わないで自分と人を楽しませられるようになりたいと思ったから、  またカラオケの練習だけよりも、楽器をやった方が、本質的には歌が上手くなるだろうと思ったため。
ギターではなぜかボサノバが弾いてみたくなり、youtubeで、5フレと6フレの真ん中の二つの弦を、ただボサノバリズムで交互に繰り返すだけ、というのをやってみて、振動が体に来て、瞑想的になり、ずっとやってられる感じでいきなりハマった。
尺八も、一音を吹いているだけでとても良い、とリョウさんが言っていたが、私もギターに対してそんな感じがある。

歌はずっと物凄く下手で苦手で喉も弱く、カラオケも嫌いだったので、練習すれば出来るものなのか、あえて挑戦してみたいと思った。
周りにいる歌を歌っている方に、どうやったら歌が上手くなるのか、声が良くなるのか、思わず聞いてしまう。

Kid Fresino君:(共鳴とかどうやって習得したのかについて)忘れた笑 (でも10年前だったが、共鳴の場所について話してくれたのを覚えている)
松野泉さん:(歌心が私はないのですが、というメールに)歌には心はないから大丈夫。声を出すのが面白ければ面白くなるはず。
Cuusheさん:最初から上手い人なんていない。でも、声質に合う歌、というのはある。感情をどう乗せるかという例で、今年のグラミー賞でのジャスティン・ビーバーについて教えてもらった。同じフレーズの繰り返しなのだけど、全然違う感じで歌っている。
Diskomargauxちゃん:誰でもがオリジナル。下手が才能。なるべく装飾をつけずに話すように歌う。
荒井眞理さん:体を楽器のように使うといい。

最近思ったのは、歌が上手い人は、リアルタイムで感情移入をしているのかと思っていたのだけど、実際は声が素材のようになってそれ自体が自主性を持って、そこから自分自身の感情が触発もされるし、また一度それで成形した歌というものを、再現できる能力もあるのだろうと...。声が道具というとまた違うけれど、自分とは別のものになるんじゃないかなと思った。だから恥ずかしくないというのにも繋がるのでは。私も、一度モノマネをやめて、引っかかったところを自分で納得する形になるまで何度も調子を変えて歌ったら歌えたところがあった。



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    🎥
    コスモ・コルプス、イリュミナシオン 
    アンコール上映決定!
    ​2026/5/30(土)〜6/5(金)
    渋谷シアターイメージフォーラムにて

    ​ウェブサイト
    https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus

    Instagram
    https://www.instagram.com/cosmo_corpus/​
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    Author

    Filmmaker
    Yokna  Hasegawa
    aka Yokna Patofa

    ​(長谷川億名)
    Official website
    https://yoknahasegawa.com/

    [email protected]

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