掲題の通り、何度かご紹介させていただき、映画『コスモ・コルプス』制作の重要な拠点ともなっていた、佐渡のゲストハウス、iroが、年内で閉まってしまう事になりました。 iroを一人で営まれている裕子ちゃんから事情を聞き、少なくとも私の視点からは、何一つ悪いところがなく、夢を持って大切にしてきた場所を奪われるのを、とても残念に思いました。 ただ、悔しさもありますが、本人は前へ進みたいとポジティブに言っていますし、 辛くても、未来でその時の出来事がどう見えるかは、新しい選択にかかっているし、色々つながっているのだと思います。 現在、新しくゲストハウスを始められる古民家の物件(できれば佐渡)を探しています。ゲストハウスなので立地的な条件は色々出てきてしまうのですが、ぜひ心当たりがある方は、私でも、裕子ちゃんでも、ご連絡いただければ幸いです。 iro : https://www.instagram.com/posada_iro booking.comやAgota等でも予約できます。 私のアドレス : [email protected] 先日、ひさしぶりに佐渡へ、iroや、教会へ行って来ました。 整理していないのですが、iroの写真も一人の時に密かに撮って、 裕子ちゃんが、どういう思いでこの宿、場所を作っているのか、今更ながら少しだけ新たな発見もできました。 港の近くにはカフェや、モーニングが食べられる本格的なフランス料理屋さんができていました。 興味がある方は、冬が渡航が難しいことを考えると(来ていただくのはとても嬉しいのですが)実質は秋までで、この場所でのiroで過ごす時間は難しくなってしまいます。 これから最高のシーズンとなりますので、是非是非遊びに来てください。 --- 教会には、また新しい素敵な方が現れていて、その方が作った畑ができていました。 眞理さんもずっと畑はやりたかったが、無理だろうと思っていた土地で、その方のお話では砂の中から良いものだけを篩い分け、草を置いて土を作って植物を助ける菌のネットワークを作り、そのあとは無農薬で化学肥料も使わずに、教会の人たちが毎日食べていけるくらいの豊かな畑ができたそうです。確かに虫も食べに来るけれど、人間はその残りを食べていける。 驚いたのは、畑に杭として打たれていた切った木から、風で折れて倒れた桜から、新しい芽が出ていたことです。眞理さんは、折れた桜の隣に生えていた桜が例年になく大きく花ひらいたことについて、「理由はよくわからないのだけど、隣の木が倒れたから、自分が生き残ろうと、必死で満開になったのかな」とおっしゃっていました。 教会へは、眞理さんへの新しい物件の相談と、アフレコと、そして、コスモ・コルプスを観てくださったら必ずわかると思うのですが、本間明美さんと言う出演してくださった方が去年亡くなられ、そのお墓参りへ三人で行きました。 佐渡教会の荒井眞理さん(市議会議員でもあり牧師としても務められている)は、明美さんと非常に親身に関わっていらっしゃって、毎週「すみっこハウス」と言うところでみんながご飯を持ち寄って夕食を食べる会が教会では開かれているのですが、明美さんはそこに毎週通っていました。 私が佐渡教会を知るきっかけになったのもその会で、友人のアキさんに教えていただきました。(アキさんと知り合ったのを辿っていくと間にさらに大勢の方がいます) 教会の庭に生えていた花を皆で摘んで、水を汲める道具を持って、お墓参りに持っていきました。 明美さんのお墓は最初全然見つからず、私たちはしばらくの間、晴天の下、墓石に取り囲まれて途方に暮れ、諦めかけていました。 結局、曖昧ながらもこのお墓なんじゃ..、と同じ苗字のお墓の前でお参りしていたところ、話を聞きつけた住職が現れ、「こっちです!」と明美さんの本当のお墓の方へ歩いて行ったので完全に事情が変わり、そのお墓にすでにお供えしていた花を抜き取り、挨拶して、水滴を散らしながらみんなで住職を追いかけていきました。最初のお墓の方にはとても申し訳ないのですが、この様子はいつか映画で再現したいほどコミカルだったし、お墓にお参りした時に住職が来てくださったので、間違っているよと教えてくれたのかなと楽観的に思えています。。 あらためて明美さんのお墓の前でご挨拶し、住職にお話を聞いていると、「"真理"と言う文字を戒名に付けました」と言われ、お墓にまだ置かれている、戒名が書かれたお札を見て、非常に驚きました。眞理さんもそのことは知らなかったようで、すぐにお墓の場所がわかっていたら、住職から聞くこともなく、戒名に気づけたかもわからない、そこは曹洞宗のお寺で、明美さんはご親族のお墓に入られたということでしたが、住職が「真理」と眞理さんの名前を入れてくれたことは、宗教の違いを超えた尊重も感じて、とても胸を打たれました。 最初は明美さんのことを偲んでいたのですが、途中から政治の話になり、成り行きでお墓の前で一時間ほど情熱的に話し込んで、「きっと明美さんも楽しく話聞いてるね」と言う状況になったのが、すごくいつもの佐渡教会っぽくてよかったです。 お話の中では明美さんの歴史も少し知れて、佐渡にはいわゆる花街があったのですが、そこでお手伝いさんとして働かれていたあと、東京の大きな屋敷の家政婦の仕事をされていたと..。だから色々な運動も見ていて、最近になってからも、義憤に駆られた時には、「みんなでハチマキ縛って街に出ましょうよ!」などとおっしゃっていたそうです。 --- 帰ってきてから、メールの中で、眞理さんが、「自分の名前(=真理)の意味について改めて考えることにもなった」と書かれていて、私の名前を、「憶名さん」と書いてくれていました。 おそらくその後すこし映画の現時点でのシーンをお見せする時があって、「記憶」と言うセリフがあったのもあると思います。 私はインターネットで使っていた名前の音[yokna]を、日本の名前にしようと思い、沢山の名、沢山のペルソナ、世界がある非人称的な名前のイメージがあり、「億名」と言う名前にしましたが、たまに憶名、と書いてくださる方がいて、その度、「そっちのが合ってる、あるいは本質かもな」とよく思っていました。 結局記憶や記録ってなんなのか。みんな残そうとする、方向性のある目的と、何か瞬間的な目的があるのではないかと感じることがあります。 他にも色々あったような気がするのですが、長くなるのでこの辺で..。今年は定期的に日記を更新したいと思いながら、 コスモ・コルプスは、色々ありましたが、最終段階に入っています。 素材が大量にあり、まるまる入れられなかったところなども決まってきているのですが、そちらも、佐渡のポートレイト、連作として、参加してくださった方を含めて、残せる形、いつでも観られる形にできたらと思っています。 --- *ちなみに地震については、iroは海の近くなので、大きなやつが来たらアウトです。 なのでケータイは充電してアラームが鳴るようにし、その時は走って高台まで逃げて、と、お客さんに伝えているそうです。 偶然も大きいけれど、できることは、その時準備をしているか、だと思い、それは貪欲にやっておいた方がいいし、一緒に泊まる方がいらっしゃったら、周知していただけたらと思います。 文明によって生き残りやすくはなったし、技術が隠して安泰のように見せていることも多いけれども、そもそも自然と人間(生き物)の関係は、そういうものだったろうとも思います。
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October 2024
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