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I edited videos that I shot Teaching in Dub 20260612 (by my phone). I joined around 2 am to 5 am, so I guess I missed many moments, but I really enjoyed.. I really would like to join and record people and sound again. I am very interested in the philosophy of Rastafari and Dub (the culture of soundsystem). I would like to make documentary if it's possible. Jah Tubbys : https://www.jahtubbys.co.uk/ Meets (Vs) Fatman Sound Teaching in Dub : https://www.instagram.com/teachings_in_dub/ e contact me to : [email protected] スマートフォンで撮った映像を少し編集した。ダブのドキュメンタリー、というとちょっと違うのかも知れないけど、肖像みたいな映像をめちゃくちゃ撮りたいというか自然に撮れると思ってしまった。 Bristol、今まで行った西洋の街で一番ずっと過ごしたいと感じるものがあった。 でも重要なのはやはり音楽だと思う。 あと、やはり天気。例えばMassive Attackの曲の「..dreamer..」(*この歌詞-Risingson のなかの を改めて読んでみたら、Dream on、で、意味は、「夢でも見てろ」or「夢を見続けろ」だった。いい言葉だ)って入ってくる感じ、なぜあんなにロマンティックなのかが、ヘッドホンしながら散歩して、コインランドリー入ってる時に泣きたくなるような大雨になって、しばらくするとまたきらきらと天使が降りてくるような雰囲気で晴れる時にわかった。どっちが現実かわからなくなってくる。また、カモメという街を支配しているエンティティ。空っぽなビルに映って目に飛び込んできたり、歩いてると唐突にかぶさってくる影。街中に、Burialの曲で聴くようなキーンとした電車の音が常に鳴っている(Burialはブリストルじゃないようだけど)。 ちょうど先月新しいアルバムをKahn氏が出していて、ブリストルサウンド10の特集 https://www.instagram.com/kahnbristol/p/DZHcW1TCBWd/?hl=en 昔っぽいカフェも沢山あって穴場でコーヒーも美味しくて最高だった。ただ、日本人にとってめちゃくちゃお金がかかるので、外貨を物凄く稼ぎたくなった。😢 ←A video that I think is very Bristol-like 撮ってて、すごくブリストルっぽいと思った映像。 ←トリニティ・センターすぐ近く。 日本のポストコードで引っかかって、チケット買えず、直接トリニティセンターへ行けばと思ったけれどなんとデジタルでしか売っておらず。受付で何度も試したができず、最終的にサポートのアドレスを教えてもらったけど、その前にベンチで座って、AIに聞いた英国のダミーの番号を入れる方法で買えてしまった。でも普通に検索したら出てくる情報だったのかも、周りでは地域のバーベキューの片付けっぽいことを女性たちがしていた。 買えました!と報告に行くと、買えたんだ、いえ〜い!!!と何人かで物凄く喜んでくれた。なんかブリストルはちょうどよく田舎で、のんびりしていて自然体な感じだった。 ラスタの思想は歌詞や少し内容を読むだけでもとても可能性を感じる部分があったけれど、やや難しく、ボブ・マーリーの曲が私は実はわからず、、、🙇♀️、あまり深く知れずやめてしまっていたけど、確かにUKダブが入口でいいんだ、と思った。 ものすごく特別な巨大な機械、あと踊り続ける様。 緑色の服を着ている女性は、それまでずっと映像をとっていたので、スタッフの方なのかな?と思っていたら、最後の最後で朝4時くらいになって電気がついてから、一瞬だけいきなりバッサバッサと踊っているのを知り、驚いたし、神秘的だった。踊り方も、日本の文化で言うと巫女みたいな...。 ピンクの服の女性も、杖をつきながらずっと踊っていてかっこ良すぎた。 みんな音楽が鳴ってるとずっと踊っていて、音楽をたたえるというのか、ずっと音楽と一緒にいるというのか、音楽への信仰というか、それでこんな爆音の機械まで作って、何かテクノロジーとかDIYのエンジニア性、産業のハッキング的なところもあり、すごい説得力と共に不思議な感じがあって、撮ることでそれがわかることはないかも知れないが、逆にわからないから撮りたいという欲望にこれまで繋がってきたのかも知れない。一番似てる感覚は佐渡に初めて行った時だ。今までの自分の人生になかった要素ばかりだったのに、何もかもを撮りたくなり、何もかもが「絵になる」感覚があった。 しかし、突然ラスタなのではなく、十代の時に実は、「辞書で偶然出てきた言葉にこだわってみよう」とゲーム形式で開いた時に出た、「エチオピア」という言葉を、特別に思っていたことがあった。その時に映画にしようと思って小説も書いていた。郵便配達員の女の子が主人公だったけど、SFに出てくる運び屋とかをその後知ると、無意識ではあったが、筋が良いイケてる設定だったなと思う。しかし当時の自分の周りにはエチオピアと関係する人もおらず、インターネットでも大した情報は見つからなかった。唯一、ルーシーという人類の祖先の女性(の骨)だけが繋がり、人類的な、考古学的な話も含むようになった。そのあと、東京に来てから知り合った友人に、レゲエには凄く深い文化があって、宗教でもあり、すべての始まりはエチオピアなのだと教わった。その小説は未完成のままだ。そういった一連のことを、そういえばそうだったと、ブリストルで20年ぶりくらいに思い出した。 Claudeの制限のニュースがあったけど、AIは旅行中、辞書として本当に重宝した。
やっぱりネアンデルタール人的な(ネアンデルタール人は言葉がなく歌と言葉が一緒になったものでコミュニケーションをとっていて、音楽的な才能も現在の人類よりもずっとすごかったらしい。)と自分が勝手に思っている、"「愛とか平和とかいったただの言葉、概念的な器」を、満たすもの"、その概念の中身はクロマニョン→言語→AIには受け継がれていないから、価値がある。ワルいAIにそれが通じるのかとか、蹂躙されるような価値なのかも知れないけど、論理的な才能を圧倒的に抜いてくるものが生まれた以上、人間のオリジナルの価値という意味ではそこだと思う。つまり共感性を極限まで高める、同時に孤独であり続ける。脳を物理的に繋ぐのではない方向(遠からず失望と共にそうなるのだろうけど)の可能性を、出来る限り伸ばしておく。60〜90年代、色々散らばった要素の再採集だと思う。
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