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ふと、台湾に行こうーと思って、昔の友人にメールをしてみたんですよね。 Tin、(ting chaong wen https://tingchaongwen.weebly.com/ ) 中之条ビエンナーレで私がtinの作品を観て感動してメールし、やり取りをし、私のことをレジデンスか何かで招待してくれようとしてくれていた。それは実現は今のところしていなくて、台湾の映画には影響を受けたと思うけれども、何故か一度も行ったことがなかった。でも台南や、南の方の台湾について「いいんですよね」という話を聞き、高雄ーカオシュン、 Kaohsiung Cityを発見して、何かここへ行ってみたいと思った。 奇しくも雄高の逆ー、一人知らない山へ登って、『虚空』の真似でもー、小さな竜巻との生存をかけた誰も見ていない戦い。擦り傷だらけでゲストハウスかホテルに帰ってきて、誰かに「どうしたの?」と言われても説明できないーそしてブリストルに本当にまた行きたかったので、カオシュンという港街にそれを感じたというのもあったー今カズマちゃんに、水っ気のあるタトゥーを考えてくれないか、それを体に入れたい、心底、「水」を求めているから、と言ったけれど、やはり水がある場所に行きたいと、今、那須(♾️)塩原にいて思う。カラカラなんだ、ここは。生まれた場所ではあるけれど。それでTinに聞いたら、驚くべき色々な繋がりがあって、(ブリストルに確かにとてもよく似ている感じもしてーカウンターカルチャーかどうかとかはわからないけれど)まだメール返していないけれど、何かとにかく行ってみようかなと思っている。 円香ちゃんに誘ってもらって、仲間に入れてもらい、音楽祭+キャンプへ行ってきた。この夏はなかなかハードで何も出来なくて残念に思っていたけれど、最後の最後にワイルドな友人(90%水瓶座)に本当に楽しさを分けてもらえて嬉しかった。 混浴の天然の風呂へ行くツアーもあり、基本みんな水着で入るのだけど、裸の人や家族づれもいて、とても清々しく開放的だった。見た目は赤く焼けた石になっている、渓流で、入るとやや硫黄っぽい匂いがし、底の岩の割れ目から熱いお湯が噴き出ていて、上から流れてくる川の水と混ざってちょうど良い温度になる。ところどころ暖かさのムラがあり、深度も違って、真ん中へんへ行くと立ったまま全身温泉に入れ、とても不思議な感覚になる。 夜も昼も少し村みたいなところから出ると音楽がかかっていて、みんな踊ったりご飯食べたりお酒飲んだり涼んだりしている。円香ちゃんは一時、毎週のようにレイヴへ行っていたらしいけれど、それがバーニングマンのための予習(私から見ると修行)ということで、さすがだと思った。短い間だったけど、みんなと沢山の瞬間が過ごせて、「尊敬する人と行動するチャンスを絶対逃すな」というある場所で自分の属性について書かれた言葉を思い出し、第二か第三か、もうよくわからないけれど、新しい人生は、友情から始まるのかもしれないな、となんとなく思えた。 最近、映画で使っていた機材をPCを含めて売り、構成し直した。一つはAIをローカルでやることについて考えていたんだけど、円香ちゃんとも、これについて話せた。ネオンぽい青い部屋で私は寝不足で円香ちゃんは風邪っぽくて、お店の人がどこかへ音楽を聴きに行っているカレー屋さんのベンチで、我々はホットチャイを注文すべく、延々と待っていた。周りは村の祭りのようで、キノコ型の椅子があり、可愛かった。
要するに、かなりいいマシンでなければ、ましてやmacでは(これについては気づいていたのだが)ローカルの意味はほとんどない、とのことで、エージェント機能のことなど教えてもらった。 改めて興味が出てきて、帰ってきてから、バグ目的ならローカルでももしかしたら面白いかもと思い、とりあえずComfyUIにWenとFluxとStable Diffusion、好きだったdalle2のlora、自分でloraも作ってみて画像生成ー① Bionic > Qwenでフォークナーのインタビューと作品をいくつかloraにして読ませて話してみるー② Bionicで自分の未完成の資料や小説をloraにして読ませるー③ drawthingsでimage to movie-④ というのをやってみたのだけど、意外に①画像はサクサクでき、②、③の方が物凄く時間がかかってしまってAIの話もオンラインと同じで面白いと思えなかった。④は想定内の感じでよくわからないバグとかも出たので、本当にやりたいならオンラインのAIを使った方が良さそうだ。 ②はlora学習させたラマだと米国南部男性のモノマネみたいになった。そこでqwen3.8 27 Bをチャットの中で切り替えて話すとなんとなくほおと思うことを言うのだけど、よく考えるとこの27Bにはフォークナーの作品を読ませていないので、適当にユニバーサルなことを言っているに過ぎないということがわかる。そのあとRAGも入れてみたけど、違いがよくわからなかった。引用だったら自分で読めば引水できるので、やはり人力を越える、量的なものがAIでは大事だし必須なのだろう。でも、自分は物心ついてから数十年いろんな世界のインプットをしてきて、本も映画も読んでいて、それを越えるものを、AIに今から自分でインプットするのは無理だろうという結論に至った。 なのでマシンと努力次第ではとても面白くなるのかもしれないけど、多くの人が現在すでにやっている事ではあるし、自分はやはり読書や、時流とズレたことを楽しく考えつつ、自力で書く方がいいのかな..と言う結論に至り、それで良かったような気もする。 最近鍼灸とボイトレにも行き始めた。鍼灸は、自分で勉強して手に職にしたいような気がしていたが、実際行ってみて、無理だと思った。鍼灸師さんが、自分よりずっと年下の女性なのだが、性格が本当に正反対で、人をケアする、と言うことに本当に真剣に取り組んでいるし、自分自身も鍼灸が効くタイプで勉強を始めた方で、連続ドラマの主人公のエクソシストっぽい感じもして、私も、その中のどこかの回の登場人物の一人として、私の中の悪魔をこの人が倒そうとしてくれているのだから頑張らないとーと言う気にさせてくれる。前、入院した時に担当してくれた看護師さんのことも思い出す。何かについて説明してくれたのだが、私はベッドにいて、彼女は少し低い位置で、顔を顰めて、「(細菌を)叩かないといけない」、と言った。叩く、その時の語気の厳しさ、シリアスな表情が心に残っている。見えない細菌たちに対し、体に巣食う健康を害するものに対し、本当にそれらを憎み、戦っている人たち。(やる気なさげな看護師さんもいて、温度が全然違うので、私はこの担当の方が看護師さんになった理由は、おそらく彼女自身が幼い頃入院していた時期があったからだろうと推測していた。聞いてみたら本当にそうだった。もっと言えばこれは聞かなかったけれど彼女は蟹座だと思う。何かすごくしっかりしていて仕事もテキパキしているのだけど、子供の頃の影が見える人だった。) 鍼灸に行った時、私は36時間起きて作業し続けたあと、いつの間にかベッドに移動していて、PCが目と眉の間に落ちてきて予想以上に重く、硬く、痛いと思いながら6時間眠りに落ちたあとだった。36時間というのはAIの作業で、もう今後はやらないと思うのだけれど、映像編集でもたまにやってしまっていた。両目がビビッドに赤だった。私はとてつもなく虚で、交感神経優位。エネルギーがないのに動き続けるなんて最悪ではないだろうか。先生が、私のこの性格を変えるのではなくて、「たとえば、治療をやっていくうちに、少しハードワークしても、それに対して敏感にならなくて済むようにもなれる。体を強くすることができる。それを目指していきましょう。」と言ってくれたのが嬉しかった。 鍼灸師さんの友人のプログラマーの方にもそういう方がいるらしく、その時、もう少し深いレベルで気づいたのが、機械は寝る必要がない、機械のペースでやっていたら人間は死んでしまう、という当たり前のことであった。 私は二回すでに鍼灸へ行ってみたけれど、その二回の後どちらでも、コーヒーを飲みたくなった。前述した通り私は交感神経優位なので、副交感神経を高めてもらう。しかしその後、脳は、私に、コーヒーを飲めと、交感神経を常時使い続けるのを命令する、ということだ。怖、と思った。 二回目に至っては、なぜかコーヒーと、さらに同時にお酒も飲みたくなった。つまり交感神経、副交感神経、どっちもということだ。普段全然飲まないのに。 すごくバグっているんだな、としみじみと思った。悪魔的だとも、そもそも欲求というものは一体なんなのだろうとも...。腸が脳に、食べたいものを指示するとも聞く。私を交感神経優位、あるいは波立たせたいのは一体誰で、何が目的なのだろう。四時前だったので、微妙だったが、意思の力でとりあえずそれらを飲むのはやめておいた。 ボイトレに関しても、ものすごい音痴なので、とにかく基礎トレをしばらくお願いすることにした。「針の穴を通すように」、ピンポイントな体の使い方。先生が私が歌うさなかに起こっていること(考えたり力を入れたり、実際に体で起こったこと)を全て的確に分析していたり、歌が上手い人がこういったことを全て誰にも教わらずに行なっているというのも非常に驚かされる。それがナチュラルにできる子供がいるということは、その裏に何か一貫した原則があるはずだと思うのだけど、とりあえず「響かせる場所を広げる」ということだろうか。 口角を上げて、笑って、上顎を上げて、と先生の指示の通り一生懸命やっていると、 「ほら、今!自分の顔を見てみて!すごくいい顔してる!」と言われたのでえっと思って壁一面の鏡を見ると、凄まじくキラキラした笑顔で歌っている自分がいた。人生の中でも、あまり見たことのない表情だった。「ほんとだ、無意識でしたが確かにいい顔してますね。」と自分が口角を上げながら答えた。 「やっぱり、可愛い顔をしているといい声が出るのよ」と、先生がどこか格言のように言った。 笑うといい声が出るー私たちは笑顔を可愛いと思うー絶滅したネアンデルタール人はとても歌がうまかったーというか歌と言葉が一緒のことばを使っていた。これらは繋がらないだろうか。 今自分がやらなければいけないことと、自分を結びつけるプロセスについて考えていて、三つのことを思い出した。本当に小さい頃、自分の胸をストライクした事象、誰かに教わったのではなく、好きだと思った経験についてだった。それを思い出せたのは、昨日、Robina Roseの「Nightshift」を観れたこともあったかもしれない。この映画は本当に素晴らしい、心の隅に場所を作っておきたい作品だった。 とりあえず三つ思い出したけれどこれで全部という感じがする(トラウマ版で三つ、また特別な体験がある気がする) ① ボールのプール マックとかにたまにある、カラフルなビニールボールでいっぱいになった空間を、プールのように移動するやつ。人生で一二回の体験だけど、どうしようもなく好きな感覚があった。 ②巨大な、ふわふわなマスコット型の風船の中に入り、その中で子供たちが飛び跳ねる 自分の本当に小さい頃、歩いていける場所に、コンクリ塀で囲まれた広い空き地があって、普段は外から覗いても空っぽなのだが、そこでごくたまに、饗宴が開かれる、ようなイメージだった。その饗宴の中にこの巨大なふわふわマスコットもいて、マスコットの中へ入る時、最初はとても怖いのだけど、中の子供達の熱狂と言ったらなかった。胎内回帰ーどころか、生まれる前の天国のようなユーフォリア、一度弟の付き添いを装って、中学生くらいの時に入りたくて入ったことがあったような気がするけれど、空想かもしれない。空想なのだとしたら、子供ながらにとても哲学的な体験だったように思うし、大人で踊る人たちとかもここが原点なのかもしれない。 (実はこの時に似ている、とても官能的なショットがNightshiftにもあってそこから思い出したのかも。) ③ クレヨンで画用紙に自由に絵を描く。その後、黒いクレヨンで全部その絵を上から塗りつぶす。最後に、尖ったもので黒いクレヨンを削る。その時に出てくる色の驚き、感触。 A. 分子だった頃へのタナトス的な領域も含みつつでも歓喜でしかない欲望(無機物になるのではなくて粒子ーエネルギーになる) C. 自分のどういう原始的な側面なのかわからないのだけど、たとえば子供が「いないいないばあ」が好きだという話をよく聞く。それに少し似ているのだろうか。でもやはり、削るのが楽しかったのだろうか。 AI時代、またそれ以前に大人になって月日が立ち、自分が考える自分ですらまだなかった時に好きだったもの。
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