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『コスモ・コルプス』上映のお知らせ

2/16/2026

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5/2(土)〜5/15(金)シアター・イメージ・フォーラム(渋谷)で、
映画『コスモ・コルプス』が劇場公開出来ることになりました。
同時期に、2014年作の『イリュミナシオン』も上映いたします。
『コスモ・コルプス』Webサイト

https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus​
Instagram
https://www.instagram.com/cosmo_corpus/​
twitterも一応作りました🙏
https://x.com/cosmo_corpus



配給も自主配給で、自分たちで行うことにしました。
フライヤーデザインは山井君で、見開きで二つの作品が見られる形になっています。めちゃくちゃいいね!や、美しい、というご感想もいただいていて、ぜひ見つけたら手に取ってみてもらえたら嬉しいです。
現在、フライヤーは都内の映画館で置かせてもらっている他、後で他のお店についても、まとめたいと思っています。
また、多く作ったので、もし置かせてもらえそうな場所などありましたら、持っていきます!

あとたまに、フライヤーをネットとかで売っている人がいますが、欲しい方は、沢山持っていてタダですので、私の方にぜひ連絡ください。笑


ー配給についてー
以前の映画の関連のどこかで、映画制作者の先輩の方に、「個人だと劇場公開できない」というような話を聞いたことがあったり、配給会社を名乗る人に、映画制作と同じくらいの値段で全国公開の話を持ちかけられたりして、(後で別の方に聞いたら額についてまぁそんなもんですとフラットな感じで教えてもらったので、自分の中でリファレンスが出来たのですが、詐欺がいるという話も聞く)知らない業界の人と関わりたくもなくなり、
だいぶ"配給"というものがネックになっていました。


配給・宣伝とはなんなのか、配給会社が名前を貸していないと産業外の人は入れないルールがあるのか、それとも頑張れば自分で出来そうなことなのか、すらまずわからなかった状況があったのですが、関口さんのご紹介で、
ウルリケ・オッティンガーなど重要作品の配給をされている、プンクテのことを知り、
植田さんに質問をさせていただいたところ、本当に基本的なところから教えていただけて、
個人事業主でも大丈夫、配給は本質的には宣伝である、という、知りたかった物凄く明快なことがわかり、
それだったら山井君と共同で、自主配給をする方向で頑張ろう、ということになりました。
(こちらのインタビュー、仕事のお話を聞ける面白さもあり、ニッチな部分でもすごく参考になります。
https://hanako.tokyo/culture/478828/ )

上記のこと以外にも色々あったので、劇場公開は今回が初めてになります。
これまで映画や美術の学校にも行かず、本当に完全に独学で映画を作ってきているので、もうこのまま何処までも行こうという感じに最近はなってきていて、この映画では名実ともにプロデューサーもやり、それに追加して配給のことがわかれば、出口がわかり、観てくださる方
についても自然ともっと考え、直に関わり、お金ついて考え、社会の歯車の一つとしての映画というものについても考え...、良いような感じがしています。次回の機会があれば、優秀な方に頼みたい感じもしますが...。

とてもありがたいことに、配給といっても一人ではなく、イメージフォーラムの武川さんにも、とても勉強になる、率直で丁寧なアドバイスをいただいて進められています。



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先週は東京も物凄く寒い中、フライヤーの相談をした山田リョウさんに教えていただいて、連日とても面白いイベントに行ってきました。特に阿佐ヶ谷Tabasaで行われていた、リョウさん出演の地無し尺八のレクチャー+三人の奏者の実演。
最後のリョウさんのレクチャーの中で、タルコフスキーのサクリファイスのクライマックスのシーンが映され、日本人の尺八奏者・海童道宗祖のテープが使われている、というお話を聞きました。ライブハウスの音響とスクリーンでタルコフスキーの映画の一部分だけを久しぶりに観たことは、インパクトと物凄い解像度があって、その後興奮して新宿のサムライという沢山招き猫のいるバーに行って、次なら撮れる映画、ショットについてずっと話していました。


岩佐又兵衛の戦国時代の絵。地無し尺八は虚無僧が吹いているものですが、一般的な調整された(プロダクト的な)尺八と全然違って、ノイズ、倍音がすごい(これは、西洋音楽が今は主流なのでメロディが大事だが、ドローンが大事、ドローンである曲を認識する、という音楽文化を持つ人たちも沢山いるという前に聞いた話と繋がった。実際、私には尺八での曲の違いがすぐにはわからなかった)、みんなで山へ竹をとりに行って穴を開けて作る、
歴史的には、貴族の楽団の中から、予算不足で尺八が排除されたのを、禅の一環として政府に認定されていた虚無僧寺に集まった人たちが取り入れ、コンサートのような形ではなく、商店やお金持ちの家の前で吹いて、お金をもらうまで帰らなかったので物凄く嫌われていた、最後の方は、迷惑すぎて、村全体で一括でお金を虚無僧に払い、演奏もせずにそれをもらうシステムになっていった、など...。
かなり社会の枠に収まらない人たちだったようだが、一音成仏、戦国時代で人が殺される世を儚むことから演奏する動機が来ていて、物凄く聖性を感じさせる音だった。(虚霊とか、虚空、とかいった曲のタイトルがあったが、埴谷雄高も虚無僧好きそうだなと思った)
タルコフスキーもただ直な善や美というより、邪悪なもの、爪弾きにされているもの、が必要な人に思え、サクリファイスのあのシーンで尺八が流れる意味が、オリエンタルな日本性、という枠組みとは全然違った形でやっとわかって申し訳ないような気持ちすらした。好きな映画だと思っていても、これほど自分は何も知らないのだなと全然別のものを見る思いだった。

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最近、歌とギターを練習しています。
やることがなければずっとやっていたいくらい、ギターの響きが好きです。
動機は、AIが音楽作れるなら自分はむしろ体を使ってやってみたいなと思ったことと、電気を使わないで自分と人を楽しませられるようになりたいと思ったから、  またカラオケの練習だけよりも、楽器をやった方が、本質的には歌が上手くなるだろうと思ったため。
ギターではなぜかボサノバが弾いてみたくなり、youtubeで、5フレと6フレの真ん中の二つの弦を、ただボサノバリズムで交互に繰り返すだけ、というのをやってみて、振動が体に来て、瞑想的になり、ずっとやってられる感じでいきなりハマった。
尺八も、一音を吹いているだけでとても良い、とリョウさんが言っていたが、私もギターに対してそんな感じがある。

歌はずっと物凄く下手で苦手で喉も弱く、カラオケも嫌いだったので、練習すれば出来るものなのか、あえて挑戦してみたいと思った。
周りにいる歌を歌っている方に、どうやったら歌が上手くなるのか、声が良くなるのか、思わず聞いてしまう。

Kid Fresino君:(共鳴とかどうやって習得したのかについて)忘れた笑 (でも10年前だったが、共鳴の場所について話してくれたのを覚えている)
松野泉さん:(歌心が私はないのですが、というメールに)歌には心はないから大丈夫。声を出すのが面白ければ面白くなるはず。
Cuusheさん:最初から上手い人なんていない。でも、声質に合う歌、というのはある。感情をどう乗せるかという例で、今年のグラミー賞でのジャスティン・ビーバーについて教えてもらった。同じフレーズの繰り返しなのだけど、全然違う感じで歌っている。
Diskomargauxちゃん:誰でもがオリジナル。下手が才能。なるべく装飾をつけずに話すように歌う。
荒井眞理さん:体を楽器のように使うといい。

最近思ったのは、歌が上手い人は、リアルタイムで感情移入をしているのかと思っていたのだけど、実際は声が素材のようになってそれ自体が自主性を持って、そこから自分自身の感情が触発もされるし、また一度それで成形した歌というものを、再現できる能力もあるのだろうと...。声が道具というとまた違うけれど、自分とは別のものになるんじゃないかなと思った。だから恥ずかしくないというのにも繋がるのでは。私も、一度モノマネをやめて、引っかかったところを自分で納得する形になるまで何度も調子を変えて歌ったら歌えたところがあった。



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共通点、見えているはずのもの

2/11/2026

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anohniのインタビュー、10年前のだけど偶然読み、参考になるところがあった。
この頃私もデュアル・シティという長編映画を初めて作って、女性監督の文脈に色々お世話になったような気もします。(デュアル・シティは、物凄く頑張った作品だったが、制作プロセスでも、製作者のジェンダーの偏り的な意味でも、anohniの話に沿うと、男性的な映画だった側面もあるとは今は思いますがーそしてだからこそ「頑張らざるを得なかった」ー高市さんが働いて、働いて、働いて、とあえて言わざるを得ないようにー私にはあの言葉が組織を沸かせる手ぐせみたいな感じに聞こえたーもちろん労働は尊いし達成感や喜びがあるものであるべきとは思うのだけど、、)


https://www.ele-king.net/interviews/005102/​
インタビューの中の男性性、っていうのは事実(マジョリティである男性政治家がやってきたこと)としてもあると思うけれど、10年経って、クオリティ(とそれが繋がっていてもたらすもの)のどちらかの過剰性と読んだ。


"男性政治家たちを見ればわかるけど、彼らは失敗ばかりしているでしょう? 彼らが操作してきたいまの世界を見てみると、この世を破滅させるのにじゅうぶんな武器が存在し、森、山、海がどんどん破壊されていますよね。伝統的に、家族やコミュニティを守ろうとするのが男性の役割で、彼らはそのために戦うための軍隊とチームを作る。いっぽう、女性の役割というのはすべてのチームの繋がりを考えること。女性は家庭のなかで子供のために平和を作ろうとします。すべての環境の繋がりを把握し、それを基に平和を作り出すのが女性なんです。男性は仕事をして自分の家族だけを守ろうとするけど、女性は家族を「作ろう」とする。いまの私たちに必要なのは、世界で家族を作ろうとする女性のスキル。そうしなければ、自分たちと自然の繋がりを見出すことができないんです。それどころか、私たちは自然を殺してしまいかねない。だからこそ女性のリーダーが必要だし、とくに年配の女性たちの知恵や見解が必要なんですよ。彼女たちの助けが必要だし、いっぽうで若い女性は強くあり、前に向かって進み、いまのシステムに対抗することに挑んでいく必要がある。男性が世界を破壊しようとしているわけではないのだけれど、単純に、彼らにできることと女性にできることが異なるんです。いまの世界に必要なのは、女性の力です。


​(略)

■女性で、実際いまそこまで考えているひとはどれくらいいるのでしょうね。

アノーニ:そうなんですよね。立ち向かうというのはすごく難しいと思う。でも、興味や関心をもっていなくても、気候や世界はどんどん変化し続けます。海も死にかけています。それなのに私たちは海からさらに多くのものを奪おうとしています。海が死んでしまっては、海のなかの生命体や魚はすべて消滅してしまう。そうなったら、いったい世界はどうなってしまうんでしょう。私はそういう未来が心配です。でも日本はすごく美しい国だと思うんですよ。自然とひととの繋がりが、他の国よりもきちんと考えられている国だと思います。日本には古い文化がまだ存在していて、さまざまな自然との美しい共存の仕方が受け継がれていると思います。


​(略)

アノーニ:私はすごく日本のアートに影響を受けているんだけど、とくに土方巽や大野一雄の舞踏にはすごくインスパイアされています。第二次世界対戦のあとにとくに浸透したアートで、すごく強烈なイメージを持っている。生きるための困難や美しさ、そして、何が美しいのかという考え方の変化が表現されているんですよね。原爆投下後の最悪な光景に目を向けなければならなかったから、あの強烈なイメージが生まれたんです。地獄のような光景。舞踏では、そういった苦しみが表現されました。そういうものを表現しようとする創造性には、ものすごいパワーが存在していると思う。それを理解し、ダンスや音楽で真実を伝えるというのは、すごく重要なコミュニケーション方法だと思います。

​(略)

■ということは、あなたはヒラリーを支持しているのでしょうか?

アノーニ:もうわからないんですよね。もちろんサポートするべきなんだけど、同時に信用もできない。彼女をサポートすることは必要なんだと思うけど、リーダーひとりが女性であるという事実だけではじゅうぶんではないと思う。政治の世界で、女性の割合そのものが増えなければ意味がないんです。マーガレット・サッチャーも、女性ひとりが男性のルールのなかでリーダーになっただけ。でも、政治自体が女性から指揮されるようになれば世界は変わると思います。30%を越さなければ、リーダーが女性であってもすべては男性主体のままだと思いますね。"

衆参両院19%
衆議院15.7%
参議院25.4%

(2024)

意外だったのが、原爆と暗黒舞踏のお話、確かにそうなのかと思ったのだけど、自分ではこれまであんまり関連づけて考えていなかった。前にアフリカの儀式からの影響もあるのではという研究についてもお話を聞いたことがあるので、原爆と言われると、繋がりが強すぎて、すごく単純に見方が固定化されそうだけど、海外的にはそういう評価なんだなと...。あるいは自分の中で、かなり自然に原爆的な表象を見ているんだなと...。

検索して出てきたページからの引用

https://relak.net/toshi-kasai/study/butohmethod.htm

Not "the Atomic bomb"... (Nov.,2006)

Many dance critics prefer connecting Butoh with the Atomic bomb, but as far as I have studied Hijikata's books, there were no descriptions found about the atomic bombs. His writings show, I believe, that he was not a political person but a dominating dancer and artist talented also in writing. There is only one thing that shows a relationship of Butoh and atomic bombs: A movie titled "Atomic bomb and navel" directed by a Japanese photographer Eiko Hosoe who published "Kamaitachi" photographic album of Hijikata. But, the content of the movie is very funny although the bomb exploded at the last scene. In the World War II, Tokyo was bombed out in an air-raid by three hundreds twenty five B29-bombers, and about 200,000 - 100,000 people were burned to death one night. It well matches the atomic bombs in Hiroshima and Nagasaki. Akiko Motofuji, Hijikata's wife who died in 2003, told me what happened in Tokyo at the night, but she did not mention to the atomic bombs in Hiroshima and Nagasaki. It is not the Atomic bomb for Japanese citizens, but they are (atomic) bombs. When dance critics use the phrase "the Atomic bomb" describing something about Butoh, it is , I believe, surely an easy rhetorical expression that is nothing to do with Butoh itself. Butoh came from the hardship and poverty that Hijikata and the people of the rustic northeast prefectures had suffered historically. See ganimata or bandy-leg, and crooked back.
(和訳:
ダンス批評家の多くが舞踏と原子爆弾とを結びつけるのを好むが、私が土方の著書を調べた範囲では原子爆弾についての記述は見あたらなかった。彼の書き物から,土方が政治的な人間だったとは私は思えず、書き物にも才能のあった傑出したダンサーでアーチストだったと思う。舞踏と原子爆弾とを結びつける唯一のものは、「原爆とへそ」というタイトルの映画で、これは土方の写真集「鎌鼬かまいたち」を出版した写真家・細江栄公が監督をした作品である。しかし、映画そのものは,最後のシーンで原爆が爆発する以外はかなり愉快な内容である。第二次大戦中、東京は325機のB29爆撃機によって爆撃を受け、20万人から10万人の人々が一晩で焼き殺された。これは広島・長崎の原爆にほぼ匹敵する。元藤燁子、土方夫人で2003年に死去、がその晩に東京で起きたことを私に語ってくれたのだが、広島・長崎の原爆のことにふれることはなかった。日本の市民にとっては、それは「原爆というもの」ではなく、あれらの「(二発の)原爆」である。ダンス批評家が舞踏について何かを述べようとして「原爆」というフレーズを用いるとき、それは、私には、安易なレトリックに思える。舞踏は、土方や東北諸県の田舎の人々が歴史的に経てきた辛苦と貧困から出てきた。(そうした点から)がに股や猫背を見よ。)

趣旨は,土方巽の書き物の中に原爆について書いたものはほとんどないこと。原爆は写真家の細江栄公による映画「へそと原爆」という滑稽な映画の最後のシーンに出てくるだけであること。土方巽夫人の元藤燁子は、20-10万人が一晩で焼き殺された東京大空襲(325機のB29爆撃機による)についてふれているが、話の中に原爆のことは全然出てこなかったことから、少なくとも原爆…ということを中心にしてものを考えていたという形跡は見あたらないこと。(なお、竹内実花は、舞踏の白塗りは東京大空襲で焼き殺された人たちの魂を弔う気持ちで行っているという元藤燁子の発言を聞いています。)

なお、欧米のダンス批評家が、戦後始まった舞踏と日本を敗戦へと導いた原爆を象徴的に結びつけているようだけれども、被爆当時「新型爆弾が落ちた」としか知らない日本人が積極的に「原爆」を持ち出す状況にもないという歴史的状況からも明らかに奇妙な感じが残ります。これについては、Oxford Brookes大学で舞踏の博士論文を書いているPaolaが、その誤った解釈を1984年頃に最初にしたダンス評論家をほとんど特定している文章を見つけ出しました。日本の人が書いた2000年の論文です (Kurihara Nanako, 'The Words of Butoh' in TDR: The Drama Review, Vol 44, n 1, Spring 2000, pp. 10-28) (11/25,2009付け)。したがって、散見する「Butohと原爆の関係」という理解は,1984頃のダンス評論からの孫引きや引用や転用などによって増幅されたと考えられます。




私は、中学生の時に、一年かけて、原爆をテーマにした戯曲のお芝居をやったことがあり、その時に図書館にあった本など箱にいっぱい借りてきて、みんなで話し合った。
黒い雨のような作品がカンヌで賞を取れなくて、なぜうなぎみたいな作品がとってしまうのか...、みたいな国際的な話もあると思うし、今のところ唯一の加害者である米国も、その後何をやっても正義のヒーローだからと言い訳できるままなのは問題だと思うけれど、
単純に、被害者が語るとき、その勇気や動機は、過去の方向だけではなく、未来のためであり、「やめといた方がいい」っていう話なのだと思う。

原爆を、誰も、単純に物理的にすごいということは理解できるのかもしれないが、それが質的にも全然違う兵器だということを、デュラスみたいな人や米国南部の存在的敗北感を芸術性にまで昇華した人たちでも、
「不可視」や「話を聞いて気絶する」みたいな方法でしか、伝えられないのがある意味で誠実さでもあり、ハリウッドなんて予算の問題で、容易く"非/現実化"出来ると思うけれど、それだと本当に何も映らない"ただのゾンビ映画"になるのだと思う。吉田喜重も不可視を選んだ。
可視にしている人もいるし、私自身は原爆は何ものとも違うと昔から思っていたけれど、ガザの映像を見ると、違いがよくわからなくなってしまってもいる。

ただ最初の話に戻ると、確かに視覚的に、相当「見えて」いるはずなのに、私は原爆と暗黒舞踏、全然見えていなかったから(誤解、あるいは海外から見て説得力のある線らしいけれど)、その自分の意識ににびっくりした。



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方向性

2/8/2026

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できる限り現実を見ていそうな方、組織に投票をしました。
もうほとんど、タイミング的にはこういう事を書くのも無意味なんですけれど、
何回か前に、石破氏に負けて、総理大臣に高市氏がなれなかったけれど、変わる人として自分の創作の中でいずれにしても総理大臣にしたいキャラクター性がある、応援したい気持ちがあると言いました。(ただし、色々みていく中で、最終的には林氏が自民党では一番マシではないかーその後お金の問題が出てきていましたがー、しかし与党がずっと同じだと腐っていくのは当然なのでとりあえずもう一度変わったほうが良いという結論までその時は書きました)

その頃は、あんな悪い意味での男の力学ばかりの自民党の中で、ならないだろうと思っていた部分もあって、前回に引き続き、偶然、高市さんが大臣になる瞬間をネットで見ることに至り、「凄い世界線になったな...」と内心思いました。また、進次郎氏があれでなっていたら自民党はそのまま終わっていたと思うので、さすが組織としての勘がしぶといなとも...。
そこから現在までの現実として、高市支持がマジョリティである、しかも若い人に多い、というのも、こないだブログを書いたときは自分は予期していなかったことでした。(若い人に自民党支持が多いというのは風の噂で聞くことはあった)

この数ヶ月つぶさに見ていて、多くの国民と同様、本人のこと直接知らないので、メディアを通した印象以上になるわけはないのですが、
高市さんは、嘘に対する罪悪感のなさを含め、ものすごく自民党政治に染まっているということ、日本がバブルだった時代にバブル的な側面を享受した人の価値観しか持っていない、また、意外に(言うほど)オリジナリティがない、ということを感じました。

また、私自身、アメリカのカルチャーもとても好きですが、日本と米国の関係性はとにかく気持ち悪く、落とされた原爆のトラウマだろうと思っている部分があり、日本に鎖を断ち切り、米国と適切な距離をとって欲しいタイプの人間で、そのためには軍事ではいずれにせよ勝てない(米国ほど戦争好きで、また慣れている国はない)し、全然違う土俵ー平和主義に依って立って欲しく思います。

・イスラエルから日本が武器を買う話→これは高市さんの前からかも知れないが、結局、現在までのパレスチナ人の虐殺全体が、大掛かりなマーケティングだったのではないか。最新兵器の人体
実験にしていたことは間違いないにしても。先鋭的だと昔から言われていたドローンを、ロシアとウクライナの戦争を見ることを経て、実戦で試す必要があったのだろう。(ネタニヤフと会ってイスラエルから説明を聞いた議員の人もそれが一番の違和感だとブログに書いていたけれど、戦力の凄まじい差を考えても、発端になったアクサーの洪水が成功したことがいまだに不思議です。ネタニヤフは戦争状態の方が都合が良いというのはよく言われています。ただ、イファト・トメル・イェルシャルミ少将が、パレスチナ人へのイスラエル軍の凄まじい虐待をリークしたことで起こった反応を知ると、やはり敵(エサ)を与えられた国民自体が、興奮して抑制が効かなくなるというか、日本も似てますし他の国もそうなのだろうけど、かなりファナティックに熱狂しやすい部分があるのだろうと思わずにはいられず、しかもその人たちはどこかから来てどこかへ消えてゆく人たちというか、最終的に間違っていても責任を取らないし取れない雪崩のようなもので、「愛嬌のある」リーダーだからこそ、その国民性に応答する形で互いに助長していってしまう部分もあるのではないかと思ってしまいました。
日本人に関しては、正義感が強いのがこじれている感じがし、「日本が戦争になったら戦う」より「台湾が戦争になったら戦う」と答えた日本人の割合の方がだいぶ高いという記事もあり、幻想的なものを感じた。高市さんも幻想的だと思う。

核兵器も、広島長崎に落とされた後、大人気になった。
一度目の広島までは、狂気に駆られた日本を完全に黙らせるためという理由もわかるが、長崎は明らかに不必要だった。
→日本は、ロケットすら失敗している以上、(高市発言で中国との緊張もいきなり高まってしまった結果、時間がなくなり)武器を買うしかないのかもしれないけれど、イスラエルはポケベル爆弾の実績もあり、武器にはバックドアがあると普通に思う。
・軍事費を多くする→派生技術のことを国会で嬉しそうに話していたので、自国の科学技術を上げ、経済を復活させるための最後の方法というならロジックの理解は出来るけれど、安倍総理の時にあったような、三倍もの値段で米国の武器を買わされるのが続くだけなら本当に無意味というしかない。

・柏崎刈羽原発のいきなりの再稼働、すぐにトラブルによる運転中止、さらに再稼働
→東京の人はよく知らないかもしれないけれども、私の家はこの原発の50キロ圏内で、興味深く見ていました。関東圏へ電気を送る原発です。
驚いたのは、2007年の新潟での地震のときにこの原発の2、3、4号機はすでに止まっており、ずっと積雪の際の避難計画について決まらずに議論していたのだけれど、少し前にそれを決まらないまま放り投げて、とりあえずの再稼働が決まったこと...。
県民に問うとか言って、県民投票をしなかったこと...。
今年は特に雪が多いが、毎日1時間くらい雪かきしないと、家からまず車が出せないから、原発が地震も含め事故った場合、テロや戦争などで狙われた場合、近くに住む人は、逃げるためにまず、放射能を浴びながら雪かきをすることになる。除雪車もいつ来るのか?
消雪パイプにいくらお金をかけても、すべての家に熱線を敷くことは出来ないし、逆に電気の無駄遣いで本末転倒になる。
新潟は日本の中でも食料自給率がとても高いが、それが放射能汚染されてしまう可能性もある。

一連の再稼働の話の中で出てきた、「新潟への感謝を忘れず」という言葉の中の、なんともいえない不快感(靖国的でもあり、また、感謝を忘れずとか...、どう考えても嘘を書いているところ)、お金で解決しようとしたところ...
県知事の様子とか、高市さんになってすぐだなぁとか、ニュースになってから再稼働が早すぎるので(その後一瞬で止まったが...)水面下では決まっていたのだなと、色々なことを思うのですが、

原発というものは、奇しくも落とされた原子爆弾と同じクオリティを持ったものだけれど、それを再生に活かそうとする熱に浮かされたような状態で作られたのだなと昔の科学者の話などを読んでいると思う。最近、原発を作るのに関わった科学者が、これほどまで廃棄物が深刻な問題になると思っていなかった、と発言しているという記事も読んだ。
昔はわからなかったことで今はわかっている土地の適性とかもあるのだろうし、さらに2011年で多くの認識がガラガラと崩れたはずだけれど、もう始めてるから止められない、作っているからできるだけ安く使う、老朽化していて基本的なこともトラブルになっているのに、とにかく動かせ!!なのだなと...。
最悪、電気がなくても、生きていられること、楽しくいられることについても、しばしば考える。

・核兵器→牧歌的な人々、無垢で素朴な人を征服して土地を奪う人がいる。
ウルグアイのある島に行った時、"その島にあるすべての動植物が集められた博物館"で、立派な服を着て椅子に座った白人の征服者の肖像の横に、ほとんど裸で地面にしゃがんで何かしている、男女と子供の絵、が並んで飾られているのを見て、こんな人たちを殺して土地を奪ったんだと改めて驚いたことがある。
歴史的にあったし、これからもあるのは想像出来、それを止めるにはお互いの強さの拮抗という形でバランス、調和を保つ方法があるというのもわかる。
今まで核兵器を日本が持っていなかったのは、実際は平和主義のためではなく、米国が許さなかったからだろうとも思う。(米国が許せばすぐ持つことになるのだろうとも)
ただ、核兵器に関しては、ここ最近のことを含め改めて考えた結果、日本はやはり、持つべきではないという結論に、私自身は至りました。

むしろ、もう一度、今度は自分の意思で、持たないと決定すること、それを、リーダーが上手く国際的な関心を惹く形で平和主義と結びつけて説くことがセットなのですが、それは非常に難しいことでもあり、高市さんは絶対に出来ないだろうとわかってしまうのが本当に残念です。
被爆国で生きた、生まれた人しかわからない核兵器の側面があると私は思いますし、それを都合よく忘れたふりをしたらいけないと思う。潜在的には全く忘れていないのだから。最近、「根こぎされた人が、人を根こぎにする」というシモーヌ・ヴェイユの言葉について勉強した。



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    🎥新作映画
    Cosmo Corpus
    コスモ・コルプス(2025)
    ​2026/5/2(土)〜5/15(金)
    渋谷シアターイメージフォーラムにて上映決定🙌

    ​ウェブサイト
    https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus

    Instagram
    https://www.instagram.com/cosmo_corpus/​
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    Author

    Filmmaker
    Yokna  Hasegawa
    aka Yokna Patofa

    ​(長谷川億名)
    Official website
    https://yoknahasegawa.com/

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