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共通点、見えているはずのもの

2/11/2026

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anohniのインタビュー、10年前のだけど偶然読み、参考になるところがあった。
この頃私もデュアル・シティという長編映画を初めて作って、女性監督の文脈に色々お世話になったような気もします。(デュアル・シティは、物凄く頑張った作品だったが、制作プロセスでも、製作者のジェンダーの偏り的な意味でも、anohniの話に沿うと、男性的な映画だった側面もあるとは今は思いますがーそしてだからこそ「頑張らざるを得なかった」ー高市さんが働いて、働いて、働いて、とあえて言わざるを得ないようにー私にはあの言葉が組織を沸かせる手ぐせみたいな感じに聞こえたーもちろん労働は尊いし達成感や喜びがあるものであるべきとは思うのだけど、、)


https://www.ele-king.net/interviews/005102/​
インタビューの中の男性性、っていうのは事実(マジョリティである男性政治家がやってきたこと)としてもあると思うけれど、10年経って、クオリティ(とそれが繋がっていてもたらすもの)のどちらかの過剰性と読んだ。


"男性政治家たちを見ればわかるけど、彼らは失敗ばかりしているでしょう? 彼らが操作してきたいまの世界を見てみると、この世を破滅させるのにじゅうぶんな武器が存在し、森、山、海がどんどん破壊されていますよね。伝統的に、家族やコミュニティを守ろうとするのが男性の役割で、彼らはそのために戦うための軍隊とチームを作る。いっぽう、女性の役割というのはすべてのチームの繋がりを考えること。女性は家庭のなかで子供のために平和を作ろうとします。すべての環境の繋がりを把握し、それを基に平和を作り出すのが女性なんです。男性は仕事をして自分の家族だけを守ろうとするけど、女性は家族を「作ろう」とする。いまの私たちに必要なのは、世界で家族を作ろうとする女性のスキル。そうしなければ、自分たちと自然の繋がりを見出すことができないんです。それどころか、私たちは自然を殺してしまいかねない。だからこそ女性のリーダーが必要だし、とくに年配の女性たちの知恵や見解が必要なんですよ。彼女たちの助けが必要だし、いっぽうで若い女性は強くあり、前に向かって進み、いまのシステムに対抗することに挑んでいく必要がある。男性が世界を破壊しようとしているわけではないのだけれど、単純に、彼らにできることと女性にできることが異なるんです。いまの世界に必要なのは、女性の力です。


​(略)

■女性で、実際いまそこまで考えているひとはどれくらいいるのでしょうね。

アノーニ:そうなんですよね。立ち向かうというのはすごく難しいと思う。でも、興味や関心をもっていなくても、気候や世界はどんどん変化し続けます。海も死にかけています。それなのに私たちは海からさらに多くのものを奪おうとしています。海が死んでしまっては、海のなかの生命体や魚はすべて消滅してしまう。そうなったら、いったい世界はどうなってしまうんでしょう。私はそういう未来が心配です。でも日本はすごく美しい国だと思うんですよ。自然とひととの繋がりが、他の国よりもきちんと考えられている国だと思います。日本には古い文化がまだ存在していて、さまざまな自然との美しい共存の仕方が受け継がれていると思います。


​(略)

アノーニ:私はすごく日本のアートに影響を受けているんだけど、とくに土方巽や大野一雄の舞踏にはすごくインスパイアされています。第二次世界対戦のあとにとくに浸透したアートで、すごく強烈なイメージを持っている。生きるための困難や美しさ、そして、何が美しいのかという考え方の変化が表現されているんですよね。原爆投下後の最悪な光景に目を向けなければならなかったから、あの強烈なイメージが生まれたんです。地獄のような光景。舞踏では、そういった苦しみが表現されました。そういうものを表現しようとする創造性には、ものすごいパワーが存在していると思う。それを理解し、ダンスや音楽で真実を伝えるというのは、すごく重要なコミュニケーション方法だと思います。

​(略)

■ということは、あなたはヒラリーを支持しているのでしょうか?

アノーニ:もうわからないんですよね。もちろんサポートするべきなんだけど、同時に信用もできない。彼女をサポートすることは必要なんだと思うけど、リーダーひとりが女性であるという事実だけではじゅうぶんではないと思う。政治の世界で、女性の割合そのものが増えなければ意味がないんです。マーガレット・サッチャーも、女性ひとりが男性のルールのなかでリーダーになっただけ。でも、政治自体が女性から指揮されるようになれば世界は変わると思います。30%を越さなければ、リーダーが女性であってもすべては男性主体のままだと思いますね。"

衆参両院19%
衆議院15.7%
参議院25.4%

(2024)

意外だったのが、原爆と暗黒舞踏のお話、確かにそうなのかと思ったのだけど、自分ではこれまであんまり関連づけて考えていなかった。前にアフリカの儀式からの影響もあるのではという研究についてもお話を聞いたことがあるので、原爆と言われると、繋がりが強すぎて、すごく単純に見方が固定化されそうだけど、海外的にはそういう評価なんだなと...。あるいは自分の中で、かなり自然に原爆的な表象を見ているんだなと...。

検索して出てきたページからの引用

https://relak.net/toshi-kasai/study/butohmethod.htm

Not "the Atomic bomb"... (Nov.,2006)

Many dance critics prefer connecting Butoh with the Atomic bomb, but as far as I have studied Hijikata's books, there were no descriptions found about the atomic bombs. His writings show, I believe, that he was not a political person but a dominating dancer and artist talented also in writing. There is only one thing that shows a relationship of Butoh and atomic bombs: A movie titled "Atomic bomb and navel" directed by a Japanese photographer Eiko Hosoe who published "Kamaitachi" photographic album of Hijikata. But, the content of the movie is very funny although the bomb exploded at the last scene. In the World War II, Tokyo was bombed out in an air-raid by three hundreds twenty five B29-bombers, and about 200,000 - 100,000 people were burned to death one night. It well matches the atomic bombs in Hiroshima and Nagasaki. Akiko Motofuji, Hijikata's wife who died in 2003, told me what happened in Tokyo at the night, but she did not mention to the atomic bombs in Hiroshima and Nagasaki. It is not the Atomic bomb for Japanese citizens, but they are (atomic) bombs. When dance critics use the phrase "the Atomic bomb" describing something about Butoh, it is , I believe, surely an easy rhetorical expression that is nothing to do with Butoh itself. Butoh came from the hardship and poverty that Hijikata and the people of the rustic northeast prefectures had suffered historically. See ganimata or bandy-leg, and crooked back.
(和訳:
ダンス批評家の多くが舞踏と原子爆弾とを結びつけるのを好むが、私が土方の著書を調べた範囲では原子爆弾についての記述は見あたらなかった。彼の書き物から,土方が政治的な人間だったとは私は思えず、書き物にも才能のあった傑出したダンサーでアーチストだったと思う。舞踏と原子爆弾とを結びつける唯一のものは、「原爆とへそ」というタイトルの映画で、これは土方の写真集「鎌鼬かまいたち」を出版した写真家・細江栄公が監督をした作品である。しかし、映画そのものは,最後のシーンで原爆が爆発する以外はかなり愉快な内容である。第二次大戦中、東京は325機のB29爆撃機によって爆撃を受け、20万人から10万人の人々が一晩で焼き殺された。これは広島・長崎の原爆にほぼ匹敵する。元藤燁子、土方夫人で2003年に死去、がその晩に東京で起きたことを私に語ってくれたのだが、広島・長崎の原爆のことにふれることはなかった。日本の市民にとっては、それは「原爆というもの」ではなく、あれらの「(二発の)原爆」である。ダンス批評家が舞踏について何かを述べようとして「原爆」というフレーズを用いるとき、それは、私には、安易なレトリックに思える。舞踏は、土方や東北諸県の田舎の人々が歴史的に経てきた辛苦と貧困から出てきた。(そうした点から)がに股や猫背を見よ。)

趣旨は,土方巽の書き物の中に原爆について書いたものはほとんどないこと。原爆は写真家の細江栄公による映画「へそと原爆」という滑稽な映画の最後のシーンに出てくるだけであること。土方巽夫人の元藤燁子は、20-10万人が一晩で焼き殺された東京大空襲(325機のB29爆撃機による)についてふれているが、話の中に原爆のことは全然出てこなかったことから、少なくとも原爆…ということを中心にしてものを考えていたという形跡は見あたらないこと。(なお、竹内実花は、舞踏の白塗りは東京大空襲で焼き殺された人たちの魂を弔う気持ちで行っているという元藤燁子の発言を聞いています。)

なお、欧米のダンス批評家が、戦後始まった舞踏と日本を敗戦へと導いた原爆を象徴的に結びつけているようだけれども、被爆当時「新型爆弾が落ちた」としか知らない日本人が積極的に「原爆」を持ち出す状況にもないという歴史的状況からも明らかに奇妙な感じが残ります。これについては、Oxford Brookes大学で舞踏の博士論文を書いているPaolaが、その誤った解釈を1984年頃に最初にしたダンス評論家をほとんど特定している文章を見つけ出しました。日本の人が書いた2000年の論文です (Kurihara Nanako, 'The Words of Butoh' in TDR: The Drama Review, Vol 44, n 1, Spring 2000, pp. 10-28) (11/25,2009付け)。したがって、散見する「Butohと原爆の関係」という理解は,1984頃のダンス評論からの孫引きや引用や転用などによって増幅されたと考えられます。




私は、中学生の時に、一年かけて、原爆をテーマにした戯曲のお芝居をやったことがあり、その時に図書館にあった本など箱にいっぱい借りてきて、みんなで話し合った。
黒い雨のような作品がカンヌで賞を取れなくて、なぜうなぎみたいな作品がとってしまうのか...、みたいな国際的な話もあると思うし、今のところ唯一の加害者である米国も、その後何をやっても正義のヒーローだからと言い訳できるままなのは問題だと思うけれど、
単純に、被害者が語るとき、その勇気や動機は、過去の方向だけではなく、未来のためであり、「やめといた方がいい」っていう話なのだと思う。

原爆を、誰も、単純に物理的にすごいということは理解できるのかもしれないが、それが質的にも全然違う兵器だということを、デュラスみたいな人や米国南部の存在的敗北感を芸術性にまで昇華した人たちでも、
「不可視」や「話を聞いて気絶する」みたいな方法でしか、伝えられないのがある意味で誠実さでもあり、ハリウッドなんて予算の問題で、容易く"非/現実化"出来ると思うけれど、それだと本当に何も映らない"ただのゾンビ映画"になるのだと思う。吉田喜重も不可視を選んだ。
可視にしている人もいるし、私自身は原爆は何ものとも違うと昔から思っていたけれど、ガザの映像を見ると、違いがよくわからなくなってしまってもいる。

ただ最初の話に戻ると、確かに視覚的に、相当「見えて」いるはずなのに、私は原爆と暗黒舞踏、全然見えていなかったから(誤解、あるいは海外から見て説得力のある線らしいけれど)、その自分の意識ににびっくりした。



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    🎥新作映画
    Cosmo Corpus
    コスモ・コルプス(2025)
    ​2026/5/2(土)〜5/15(金)
    渋谷シアターイメージフォーラムにて上映決定🙌

    ​ウェブサイト
    https://yoknahasegawa.com/cosmocorpus

    Instagram
    https://www.instagram.com/cosmo_corpus/​
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    Author

    Filmmaker
    Yokna  Hasegawa
    aka Yokna Patofa

    ​(長谷川億名)
    Official website
    https://yoknahasegawa.com/

    [email protected]

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